意識が整うとサイキック能力が開く理由|意識レベル・脳波・深い感覚の話
ヒーリングで、意識の周波数が整っていくと、その先で何が起きるのでしょうか。
私の感覚では、その一つが、サイキックな感覚が自然に開きやすくなることです。
サイキック能力というと、特別な人だけが持つ不思議な力のように聞こえるかもしれません。
けれど私は、それを特別なものだとは捉えていません。
むしろ、意識が整い、身体の緊張がゆるみ、頭の中の雑音が静かになっていくと、本来持っていた感覚が表に出てくる。
そういうことだと思っています。
今回は、ヒーリングで整った先に起こる能力開花について。
意識レベル、脳波、深い意識の感覚という視点からお話しします。
サイキック能力は、特別な能力というより「感覚が開く」こと
サイキック能力という言葉を聞くと、未来が見えるとか、見えない存在と会話するとか、特別なイメージを持つ方もいると思います。
もちろん、そうした感覚を持つ方もいます。
ただ、私がここで言いたいサイキック能力は、もっと日常に近いものです。
人の氣持ちが自然に分かること。場の空氣が変わったことに氣づくこと。今日はこの道を通った方がいい、と理由は分からないけれど感じること。この人とは少し距離を取った方がいい、と身体の奥で分かること。あるいは、神社や自然の中で、普段とは違う静けさや力を感じること。
こうした感覚も、サイキックな感覚の入口だと思います。
それは、何かを無理やり身につけるというより、余計な緊張や恐れがほどけて、本来の受信感度が戻ってくる感覚に近いです。
エンパス体質やHSPの方は、もともとこの感度が高いことがあります。
ただ、自分が整っていないときには、その感度は疲れやすさとして出ます。人の感情を受けすぎたり、場の重さに引っ張られたり、自分のものではない感情まで抱えてしまったりするのです。
けれど、本来の自分に戻れるようになると、その感度は少しずつ力に変わっていきます。
意識レベルが上がると、見える現実が変わる
ホーキンズ博士の意識レベルの考え方で言えば、意識には高さがあります。
もちろん、これは人の価値を上下に分ける話ではありません。
今の自分が、どの帯域に意識を合わせているか、という話です。
恐れ、怒り、罪悪感、自己否定の帯域にいるとき、私たちは現実を重く見ます。相手の言葉を攻撃として受け取りやすくなり、未来を考えると不安ばかりが浮かび、チャンスが来てもまずリスクを探してしまう。自分の可能性より、できない理由の方が強く見えるのです。
一方で、安心、感謝、喜び、愛の帯域に意識が合ってくると、同じ現実でも見え方が変わります。
人の優しさに氣づきやすくなり、必要な情報が入ってきやすくなる。小さな違和感を見逃しにくくなり、自分にとって自然な選択が分かりやすくなる。
これは単に、氣分が良くなるというだけではありません。
意識の高さが変わると、受け取れる情報の質が変わるのだと思います。
低い帯域にいるときは、危険や不安に関する情報ばかりを拾いやすい。高い帯域にいるときは、調和、ご縁、直感、可能性に関する情報が入りやすくなる。
その結果として、サイキックな感覚も自然に開きやすくなるのです。
脳波で見ると、意識は静かな帯域へ近づいていく
意識状態を考えるとき、脳波という見方もあります。
脳波だけで意識のすべてを説明できるわけではありません。
ただ、意識が忙しく外側へ向いているのか、それとも静かに深い層へ向いているのかを見る、一つの手がかりにはなります。
日常の私たちは、頭の中で常に考えています。次に何をするか、どう見られているか、失敗しないためにはどうするか。過去の出来事を解釈し、未来に起こるかもしれないことを先回りして考え続けています。
この状態では、意識は外側へ張りつめています。
一方で、深い瞑想や祈り、ヒーリング、神社参拝の中では、頭の中の言葉が静かになることがあります。ただ呼吸している。ただ感じている。ただ安心している。言葉になる前の感覚を受け取っている。
このとき、脳波は、シータ波やデルタ波のような深く静かな帯域へ近づいていくのだと私は捉えています。
もちろん、すべてを脳波だけで断定するつもりはありません。
けれど、深い瞑想状態や祈りの状態では、普段の思考とは違う意識の質になることは、多くの方が体感として知っていると思います。
頭で考える世界から、感じる世界へ。
外側を判断する意識から、内側で受け取る意識へ。
その切り替わりが起きるとき、サイキックな感覚は開きやすくなります。
雑音が静まると、もともと届いていた情報に氣づく
サイキック能力が開くというと、急に特別な情報が降ってくるように感じるかもしれません。
でも、私の感覚では、少し違います。
もともと届いていた情報に、氣づけるようになる。
こちらの方が近いです。
私たちは、日常の中で多くの情報を受け取っています。相手の声の震え、場の空氣の変化、身体が感じている安心や違和感、言葉になる前の直感、神社や自然の中で感じる静けさ。
本当は、すでに受け取っている。
ただ、思考の雑音が多いと、それに氣づけません。
不安が強いと、直感より恐れの声が大きくなります。焦っていると、身体の違和感を無視して進んでしまいます。自己否定が強いと、受け取った感覚を「氣のせいだ」と切り捨ててしまいます。
ヒーリングで意識が整うと、この雑音が少し静かになります。
すると、今まで埋もれていた感覚が、自然に表へ出てきます。
だから、能力が開くというより、本来の感覚を思い出す。
私は、サイキック能力の開花をそのように捉えています。
深い意識は、超意識につながっている
私は、人の意識は、顕在意識だけで完結しているとは思っていません。
顕在意識の奥には潜在意識があり、そのさらに奥には無意識があり、もっと深い層では集合意識や超意識につながっている。
人は、一人一宇宙を生きています。
けれど、深いところでは完全に孤立しているわけではありません。
家族や親しい人の状態が、言葉にしなくても伝わることがあります。神社に行くと、なぜか懐かしさを感じることがあります。初めて会った人なのに、以前から知っているように感じることもあります。
こうした感覚は、深い意識の層で、人や場やご縁とつながっているから起こるのかもしれません。
意識が整い、深い帯域へ入っていくほど、このつながりを感じやすくなります。
だから、サイキックな感覚は、単に個人の能力が強くなるというより、深い意識とのつながりが開いていくことでもあります。
その奥には、超意識、大元、神様、ご先祖さまとのつながりもある。
私は、そのように捉えています。
開こうとしすぎると、逆に閉じる
ただし、ここで大切なことがあります。
サイキック能力は、意図的に開こうとしすぎると、かえって閉じることがあります。
何かを見なければいけない。感じなければいけない。人より特別でなければいけない。能力を証明しなければいけない。
そう思い始めると、意識は緊張します。
緊張すると、感覚は固くなります。
本来、サイキックな感覚は、力を入れて掴むものではありません。
深く安心したときに、自然と開いてくるものです。
だから、能力開花を急がなくて大丈夫です。
まずは自分が整うこと。
自分の中心に戻ること。
楽しい周波数に合うこと。
その状態が深まっていく中で、必要な感覚は自然に開いていきます。
能力は、愛と調和に向かうためのもの
サイキック能力が開いてくると、人の状態や場の空氣が以前より分かるようになることがあります。
けれど、その感覚は、誰かを支配するためのものではありません。
相手を見抜いて優位に立つためでも、未来を当てて安心するためだけのものでも、自分を特別な存在にするためのものでもありません。
能力は、本来、愛と調和のためにあります。
人の痛みに氣づくこと。場の違和感に氣づくこと。必要な距離感を感じること。自分や大切な人を守ること。そして、必要なときに人を癒すこと。
こうした能力は、愛と調和の実践のために、天から与えられたギフトのようなものです。
意識レベルが上がるほど、能力はエゴのためではなく、調和のために使われるようになります。
だから、ヒーリングで整った先に能力が開くとしても、それはゴールではありません。
その感覚を、どう使うか。
そこに、その人の意識状態が現れます。
整った先に、楽しい世界線がある
ヒーリングを通して意識が整う。
ネガティブトランスがほどけ、楽しい周波数に戻りやすくなる。深い意識の帯域へ入りやすくなり、本来持っていた感覚が少しずつ開いていく。
その先にあるのは、ただ悩みが減るだけの人生ではありません。
自分の感覚を信頼できるようになること。神社や自然の中で、見えない力を感じられるようになること。人や場の空氣を、以前より繊細に受け取れるようになること。そして、いつか自分も誰かを癒す側へ回りたいと思うようになること。
そういう変化が起きることがあります。
私は、それをとても楽しい世界線だと思っています。
能力開花という言葉だけを聞くと、少し大げさに感じるかもしれません。
けれど実際には、本来の自分に戻り、感じる力が自然に開き、心地よい仲間とともに、見えない世界を楽しんでいくこと。
その道の先に、ヒーラーやサイキック能力といった、不思議な世界の可能性が自然と開いていくのです。
意識を整えるための三位一体調律(トリニティヒーリング)について詳しく見る →
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著者|白川愁士(世界線調律所 所長/神社巡拝ヒーラー)
不動産投資家。お金を追い求めた末に、神社参拝が日常となり、結果的に「神社巡拝ヒーラー」となった。現在は三位一体調律(トリニティヒーリング)で心・身体・現実(お金の流れ)を整えている。宅建士・FP保有。 ▶ プロフィール