意識には、高さがある
「意識の高さ」という話をします。
いわゆる「意識高い系」の話ではありません。
意識の状態は脳波にも表れ、その変化は周波数としても観測されます。
だから、科学的に見ても、高さと階層のある概念です。
そして、いまの自分の意識がどの帯域にいるか。それが、出会う人やご縁、そしてそこから体験する現実――どの世界線を生きるか――を決めている。私はそう考えています。
ホーキンズ博士の意識のマップ
意識に高さと階層があることを、具体的な数値で示したのが、精神科医のデヴィッド・R・ホーキンズ博士です。
博士は著書『パワーか、フォースか』で、人の意識の状態を1から1000までの数値で表す「意識のマップ」を示しました。
| 数値 | 意識の状態 | どんな状態か |
|---|---|---|
| 700〜1000 | 悟り | 言葉を超えた、純粋な意識 |
| 600 | 平和 | 欠けのない、静けさ |
| 540 | 喜び | すべてとつながっている感覚 |
| 500 | 愛 | 見返りを求めない慈しみ |
| 400 | 理性 | 物事を理解し、筋を見る |
| 350 | 受容 | あるがままを認める |
| 310 | 意欲 | 前向きで、希望がある |
| 250 | 中立 | こだわりがなく、満ち足りている |
| 200 | 勇氣 | やれる、大丈夫(ここが分かれ目) |
| 175 | プライド | 認められたい、優れていたい |
| 150 | 怒り | 奪われまいとする攻撃 |
| 125 | 欲望 | もっと欲しいという渇き |
| 100 | 恐怖 | 失う不安、警戒 |
| 75 | 深い悲しみ | 喪失、無力感 |
(このさらに下に、無感動・罪悪感・恥といった、より重い状態が続きます。)
200が、大きな分かれ目です。
ホーキンズ博士は、200より下を「フォース(force=力ずくの弱い力)」、200以上を「パワー(power=本当の強さ)」と呼びました。
200より下は、恐怖・欲望・怒り・プライドなど、何かを奪い、守り、比べる方向の状態です。200以上は、勇氣から始まり、受容・愛・喜び・平和へと、認め、与え、満ちていく方向の状態です。
ここで注目したいのは、自我(エゴ)の意識がどこに置かれているかです。
「もっと欲しい」という欲望は125、「優れていたい」というプライドは175。どちらも、分かれ目の200より下にあります。
一方で、愛は500です。感謝も、この高い領域に入ります。
この意識のマップは、数値だけを見ると抽象的に感じるかもしれません。
そういうときは、身近な人を思い浮かべてみてください。一緒にいると氣分が明るくなる人、優しくて氣分が落ち着く人、そばにいると安心できる人。そういう人を思い浮かべながらこのマップを見ると、高い状態がどういうものか、より具体的につかめます。
そして、一緒にいて楽しい、心地いいと思える相手は、自分と同じ周波数帯か、それより少し上にいる人です。人は自然と、自分と同じか、自分より高い周波数の人に魅力を感じます。
なお、このホーキンズ博士が用いた測定法(筋肉の反射を使うキネシオロジー)には、科学的な異論もあります。
ですからここでは、数値の厳密さよりも、「意識にはこれだけの高低と階層がある」という地図として見てください。
自分はふだん、どこに「常在」しているか
意識は、一日のなかで上下します。
朝は穏やかでも、混んだ電車で苛立ち、好きな人と話して上がる。針は、つねに揺れています。
ホーキンズ博士が重視したのは、その一瞬の揺れではなく、自分がふだんどのあたりに「常在」しているか、という基準点です。
揺れても、放っておくと戻っていく定位置。それこそが、その人の本当の意識レベルだと博士は言います。
この基準点は比較的安定していますが、固定ではありません。瞑想などの習慣によって、少しずつ高いほうへ上げていくことができます。
これを脳波の言葉で言うと、こうなります。
焦りや警戒に常在していると、脳は速いβ波(緊張の状態)に寄りがちです。
落ち着きや受容、感謝に常在していると、ゆったりしたα波やθ波(くつろぎや瞑想の状態)が出やすくなります。
常在する高さを上げることは、脳波を緊張から落ち着きへ整えていくことでもあります。
さらに深い瞑想状態では、θ波やγ波といった脳波が現れます。これは、マップの最上部にある悟りや、直感・サイキックと呼ばれる能力ともつながると言われています。意識レベルを上げていくことは、その入口でもあるのです。
意識の高さは「誰と過ごすか」で決まっていく
ここから、意識のマップの使い方の話です。
自分がどの高さに常在するかは、自分で選べます。けれど、氣合いで上げるのは長続きしません。いちばん確実なのは、環境を選ぶこと——つまり、どんな周波数の人と時間を過ごすか、です。
私たちの時間は有限です。だから、誰と過ごすかは、そのまま「自分がどの帯域に常在するか」を決めてしまう。整った人のそばにいれば、自分の針も自然と上に寄る。波立った場に長くいれば、知らぬ間に引きずられる。氣合いではなく、同調で上がっていくほうが、ずっと楽で、ずっと続きます。
ここで誤解しないで頂きたいのは、「意識の低い人を避けよう」という話ではありません。誰かを見下した時点で、自分が175(プライド)以下に落ちます。そうではなく、自分を大切にする、つまり自分の周波数を、自分でやさしく手入れする。その手入れの一部として、自分の身を置く場所を選ぶ。それだけのことです。
低い帯域にいると氣づいたら、自分を責めず、一段高い感情へ意識を移すことを意識する。
できるだけ、自分が心地良いと思える人間関係に身を置くことを優先する。
自分を大切にすることを意識し、日常の小さな積み重ねを、毎日くり返す。
そうして整った周波数で過ごしていると、不思議と、似た高さの人と引き合いはじめます。それが、次に生きる世界線の入口になるはずです。
自分の意識の状態を、どの周波数帯に常在させるか選ぶことは、どの世界線を生きるかを選ぶこと。
それは、誰と、どんな時間を過ごすかを選ぶこと、でもあるのです。