周波数(波動)と意識レベル

波動・振動数って、結局なに?

「波動が高い」「振動数を上げる」――。
スピリチュアルの世界で、よく耳にする言葉です。
なんとなくわかるような、わからないような。
この曖昧な言葉を、できるだけ現実的に、解きほぐしてみます。

すべては、振動している。
これは、詩ではなく、物理が語っていることでもある。

波動と聞くと、つい身構えてしまう

「波動」と聞いて、まず何を思い浮かべるでしょうか。

ある世代なら、宇宙戦艦ヤマトの「波動砲」かもしれません。
あるいは、格闘ゲームの「波動拳」。
そのせいか、「波動を整えます」と言われると、どうしても必殺技めいた、どこか胡散臭い響きに聞こえてしまう。

けれど、言葉そのものに立ち返れば、波動とは、読んで字のごとく「波の動き」のことです。
そして波とは、何かが振動しながら、伝わっていく現象のこと。
音も、光も、電波も、すべて波であり、振動です。
つまり「波動」と「振動」は、同じひとつの現象を、別の角度から呼んだ言葉にすぎません。

でも、もし少しだけ付き合ってもらえるなら――
「すべては振動している」という見方そのものは、実は、現代物理学が描く世界像と、驚くほど響き合っているのです。

すべては、振動する場でできている

私たちは、机や身体や水を「固い物質」「動かないもの」だと思っています。
けれど、それを限界まで細かく見ていくと、世界の姿はまったく違って見えてきます。

物質は分子でできていて、分子は原子でできていて、原子は素粒子でできている。
そして現代物理学では、その素粒子さえも、突きつめれば「場の振動」として捉えられています。
つまり、世界を最も深いところまで分解していくと、最後に残るのは「もの」ではなく、「振動」だというのです。

固く見えるこの机も、あなたの身体も、突きつめれば、絶え間なく振動している何か。
「すべては振動している」というスピリチュアルの言葉は、この物理の描像と、不思議なほど重なります。

人の身体は、ほとんどが水でできている

もうひとつ、確かなことを付け加えておきます。
人の身体は、その約60パーセントが水分でできています。

水は、振動をよく伝え、よく受け取るものです。
音叉を鳴らせば隣の音叉が共鳴するように、水は周囲の振動に、静かに、けれど確かに応えていく。
その水を、私たちは身体いっぱいに湛えて生きているのです。

だとすれば――。
ピンと張りつめた場所にいると、なぜか身体までこわばる。
穏やかな人のそばで、自然と力が抜けていく。
そうした「なんとなく」の感覚は、氣のせいではないのかもしれません。水でできた私たちが、周りの振動に、文字通り共鳴しているのだと考えると、不思議なほど腑に落ちます。

同じ場所でも、空氣が違う、ということ

もっと身近な感覚で考えてみましょう。

ピンと張りつめた、緊張した部屋。
穏やかで、やわらかく和んだ部屋。
同じ広さの同じ部屋でも、そこに流れる「空氣」は、まるで違います。

人にも、同じことを感じるはずです。
一緒にいると、なぜか消耗する人。
そばにいるだけで、なぜかほっとする人。
この「なんとなく感じる空氣感」を、振動数や波動という言葉で表していると考えると、ぐっと現実的になります。

つまり波動とは、特別なオカルトではなく、私たちが日常的に感じ取っている「状態の質」のこと。
それを、目に見えないけれど確かにある「振動」として捉えているのです。

「観ること」が、現実に関わる

量子の世界には、もうひとつ不思議な性質があります。
「観測する」という行為そのものが、対象のあり方に関わってくる、というのです。

観る前は、いくつもの可能性が重なり合った、ぼんやりした状態。
観た瞬間に、ひとつの状態へと定まる。
これは物理学のひとつの解釈ですが、ここから、こんな見方を引き出すことができます。

あなたがどんな状態で世界を「観る」かによって、立ち現れてくる現実が変わる、と。
不安な振動数で観れば、不安な現実が立ち上がる。
整った振動数で観れば、整った現実が立ち上がる。
あなたという観測者の状態が、現実の現れ方に関わっているのです。

だから「状態」を整える

ここまで来ると、スピリチュアルがなぜ「振動数を上げる」「波動を整える」と言うのか、その意味が見えてきます。

それは、自分という存在の「状態の質」を整える、ということです。
緊張や不安で、ざわざわと乱れた振動でいるのか。
穏やかで、調和した、整った振動でいるのか。
その違いが、引き寄せる人、起きる出来事、見える現実を、静かに変えていく。

これは、氣合いで「ポジティブになる」という話とは違います。
表面を明るく取りつくろうのではなく、自分の奥にある振動そのものを、本来の調和した状態へ戻していく、ということです。

言葉ではなく、体感で

波動や振動数は、言葉で説明しようとすると、どうしても曖昧になります。
けれど、体感としては、誰もがすでに知っているものです。

ほっとする人のそば。氣持ちのいい神社。澄んだ朝の空氣。
あの「整った感じ」こそが、整った振動数の体感です。
逆に、ざわざわと落ち着かない場所の「嫌な感じ」も、あなたはちゃんと感じ取れている。

だから、波動という言葉を信じる必要はありません。
ただ、自分が今どんな振動の状態にいるかを、丁寧に感じてみること。
そして、できるだけ整った、心地よい振動の側にいること。
その積み重ねが、あなたの現実を、少しずつ調和したものへと変えていきます。

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著者|白川愁士(世界線調律所 所長/神社巡拝ヒーラー)
不動産投資家。お金を追い求めた末に、神社参拝が日常となり、結果的に「神社巡拝ヒーラー」となった。現在は三位一体調律(トリニティヒーリング)で心・身体・現実(お金の流れ)を整えている。宅建士・FP保有。 ▶ プロフィール