ヒーリングとサイキック

このヒーリングは、何をしているのか
神社・周波数・サイキックの仕組み

別の記事で、私は「神社参拝とサイキック能力は、意識の周波数を整えるという一点でつながっている」と書きました。

今回は、その仕組みを、現実主義者だった私なりの言葉で、できるだけ筋道立てて説明してみたいと思います。スピリチュアルな表現が続きますが、私自身は、これを限りなく物理に近い話だと考えています。

すべては、振動している

物理学の世界では、この宇宙にあるあらゆるものが、突き詰めれば「振動」だとされています。

机も、水も、私たちの体も、ミクロのレベルまで分解していけば、絶えず震えている素粒子の集まりです。固く静止して見えるものも、その実体は、それぞれ固有のリズムで振動しているエネルギーにすぎない。

ものによって、この振動のリズム――周波数は異なります。そして、周波数の近いものどうしは、響き合う。これを共鳴と呼びます。

音叉を思い浮かべてください。同じ高さの音叉を二つ並べ、片方を鳴らすと、触れてもいないもう片方が、ひとりでに鳴り出します。周波数が一致したものは、離れていても影響を与え合う。これは比喩ではなく、実際に起きる物理現象です。

そして忘れてはならないのが、私たちの体の約6割は、水でできているということです。水は、周囲の振動をよく伝え、よく受け取る、共鳴しやすい物質です。音楽や言葉、その場の空氣に、私たちが思っている以上に体が反応してしまうのは、この水のためでもあります。私たちは、自分でも氣づかないうちに、周囲の周波数と共鳴する「楽器」のような存在なのです。

私が「意識の周波数」と言うとき、その根っこにあるのは、この共鳴のイメージです。

意識にも、高さがある

人の意識にもまた、周波数があると私は考えています。

精神科医のデヴィッド・ホーキンズ博士は、人間の意識の状態を、低いものから高いものへと一本のスケールで表しました。

最も低い層には、恥や罪悪感、無氣力といった、重く沈んだ状態があります。その上に、恐怖や怒り、欲望。さらに上に、勇氣や受容、理性。そして高い層には、愛、喜び、平安。最上層には、悟りと呼ばれる状態が置かれています。

下層にあるのは、自分と世界を切り離し、奪い、争う意識。上層にあるのは、自分と世界をひとつながりに感じ、与え、調和する意識です。

ここで大切なのは、これが単なる「氣分」の話ではない、ということです。ホーキンズは、高い意識状態にある一人の存在が、低い意識にある大勢を、いわば下支えするように引き上げていると考えました。高い周波数は、それだけ強く、広く、場に影響を与える。

恐れや怒りの中にいる人のそばにいると、こちらまで重くなる。穏やかで満たされた人のそばにいると、不思議と心がほどけていく。誰もが経験するこの感覚は、意識という周波数の、共鳴の現れなのです。

神社という、整った周波数の場

ここで、神社の話に戻ります。

神社は、何百年、ところによっては千年以上にわたって、人々が手を合わせ、感謝を捧げ、心を鎮めてきた場所です。

長い年月をかけて、感謝や祈りという高い周波数が、繰り返しその場に重ねられてきた。加えて多くの神社は、山や巨木や水源といった、自然そのものの澄んだエネルギーの上に建っています。

つまり神社とは、高く、整った周波数が、濃く満ちている場所なのです。

そういう場に身を置くと、何が起きるか。

音叉と同じです。整った高い周波数の「場」に触れることで、こちらの意識も、その帯域へと引き上げられていく。神社に参ると、理屈抜きに心が静まり、背筋が伸び、満たされた氣持ちになる。あれは氣のせいではなく、共鳴が起きているのだと、私は考えています。

神社参拝とは、高い周波数と定期的に共鳴し、自分の意識の状態を整え直す営みなのです。

脳波という、もう一つの手がかり

意識の状態は、脳波という、より物理的な形でも現れます。

慌ただしく緊張しているとき、脳は速いベータ波を出しています。リラックスするとアルファ波に。さらに深い瞑想や、眠りに落ちる直前のまどろみの中で、脳はシータ波、その奥のデルタ波という、ゆっくりとした静かな帯域へと入っていきます。

この界隈ではよく知られていることですが、すぐれたサイキックやヒーラーが力を発揮しているとき、その脳波はおしなべて、このシータ波以下の深い帯域にあるといわれます。

なぜか。

ベータ波の慌ただしい意識は、自分と外界を強く切り分け、思考のおしゃべりで満ちています。その状態では、繊細な情報――場の氣配や、相手の状態――は、雑音にかき消されて拾えません。

ところが意識が静まり、シータ波の帯域に入ると、自分と外界を隔てる壁が薄くなる。すると、ふだんは届かない微細な周波数を、感じ取れるようになる。

これが、私の考えるサイキックな感覚の正体です。特別な超能力というより、意識が深く静まったときに誰の中にも開く、本来の感受性なのだと思います。

そして神社という場は、まさにこのシータ波の帯域へ、人の意識を自然にいざなってくれる。神社を愛する人にヒーラーが多いのは、当然のことだったのです。

このヒーリングが、していること

ここまで来ると、私が行っているヒーリングが何をしているのかも、説明できます。

ひとことで言えば、整った周波数と共鳴させることで、相手の意識の状態を、本来の高さへ還す。それだけです。

不調や停滞は、意識の周波数が、恐れや欠乏といった低く重い帯域に固定されてしまっている状態だと、私は捉えています。本人の意志が弱いからでも、努力が足りないからでもありません。ただ、周波数がそこに「固まって」しまっているのです。

私がセッションで行うのは、まず相手の状態を静かに感じ取り、そのうえで、整った周波数の側へ、そっと響かせていくこと。鳴っている音叉が、隣の音叉を鳴らすように。力ずくで変えるのではなく、共鳴によって、本来あるべき状態を思い出してもらう。

神社で私自身が受け取ってきたものを、人を介して手渡している。やっていることは、それほどシンプルなのです。

やがて、皆がたどり着く

最後に、少し大きな話をさせてください。

かつて、悟りと呼ばれるような高い意識状態に至るには、人里離れた山にこもり、生涯をかけて修行するしかありませんでした。高い周波数に共鳴できる「場」も「人」も、ごく限られていたからです。

けれど、今は違います。

情報が瞬時に世界を駆けめぐる現代では、深く整った意識に達した人たちの言葉や存在に、誰もが、いつでも触れられるようになりました。たとえばバシャールのように、高い意識から発信を続ける存在がいて、その響きに共鳴した多くの人が、静かに目を覚まし始めている。これは、特定の誰かや、特別な教えに限った話ではありません。高い周波数が、発信され、共鳴し、伝播していく――どこででも起きはじめている、普遍的な流れなのです。

高い周波数は、共鳴によって伝わります。その源が増え、アクセスできる人が増えれば、引き上げられる人も、雪だるま式に増えていく。整った人に触れ、共鳴し、自分も整う。整った自分が、また誰かを整える。この連鎖が、静かに、けれど確実に広がっていきます。

釈迦やキリストのように、かつてはごく一握りの存在しか届かなかった場所へ、これからは、もっと多くの人が自然にたどり着くようになる。

正に「人類全体がニュータイプになる」時代になったと思います。

神社という神と共鳴する場に行くことで、人は内なる神性を思い出し、還っていきます。

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著者|白川愁士(世界線調律所 所長/神社巡拝ヒーラー)
不動産投資家。お金を追い求めた末に、神社参拝が日常となり、結果的に「神社巡拝ヒーラー」となった。現在は三位一体調律(トリニティヒーリング)で心・身体・現実(お金の流れ)を整えている。宅建士・FP保有。 ▶ プロフィール