私の神社参拝
私たちは皆、神々の子孫である
鉄板の成功法則として、先祖供養があります。
では、自分には何人の先祖がいるのでしょうか。
親は2人。祖父母は4人。曾祖父母は8人。一代遡るごとに、倍々で増えていきます。
10代遡ると、1,024人。
20代遡ると、約104万人。
30代遡ると、約10億人。
一世代をおよそ20年とすれば、20代前は約400年前、戦国から江戸の初め頃です。その時代に、私には100万人もの直接の先祖がいたことになります。
ここで面白いことに氣づきます。30代も遡れば計算上は10億人を超えますが、その頃の日本にそれほどの人口はいません。つまり、同じ先祖が何度も重なって登場しているのです。
これは何を意味するか。私たち日本人は、遡れば遡るほど、膨大な数の先祖を互いに共有しているということです。見知らぬ他人同士でも、どこかで必ず血が繋がっている。神様の視点から見れば、笹川良一氏の遺した「世界は一家、人類みな兄弟」という言葉は、文字どおりの真実ということになります。
そしてその源流をどこまでも辿っていけば、神話に語られる神々――アマテラスやスサノオといった存在へと行き着く。私はそう考えています。日本の神々とは、私たち全員に共通する、遥か遠い先祖なのです。
私がこうした向き合い方をするようになったのには、きっかけがあります。
思考の学校・校長の宮増侑嬉(大石洋子)先生が、ある動画で語っていた「以和尽礼(いわじんれい)」という言葉に出会ったことです。和を以て、礼を尽くす。
先生はかつて、神様からのメッセージを受け取るおばあちゃんと共に、各地を巡っていたといいます。神話に語られる通り、神々の間にはかつて争いや諍いが実際にあった。そして、その記憶に強く囚われたまま、本来あるべき場所へ還れず、土地や神社に留まり続けている存在がいる――。おばあちゃんは、そうした存在のもとを訪ね、本来の姿へ還る手伝いをしていた。その助け方が、以和尽礼でした。
自分はその出来事に何の関係もない。それでも、こう声をかける。今まで氣づかずにいてごめんなさい。氣づかせてくれてありがとうございます。どうぞ、本来の姿へ戻ってください――。非難するのでも、誰かのせいにするのでもなく、ただ代表して礼を尽くして詫び、感謝を捧げ、調和を祈る。すると、その存在は安らいで還っていく。
このお話は、ちょうど地方の神社参拝が日課になっていた私の心に、強烈に残りました。
遥かなる先祖である神々の苦悩や葛藤、悲しみや痛みの上に、今の私が存在している。
その子孫である私が、神社を訪れ、和を以て礼を尽くす。
それこそがこの時代に生きる私の使命かもしれないとも思っています。
意識を整えるための三位一体調律(トリニティヒーリング)について詳しく見る →