私の神社参拝
私たちは皆、神々の子孫である
「鉄板の成功法則は、先祖供養だ」とよくいわれます。
では、自分には何人のご先祖さまがいるのでしょうか。
親は2人。祖父母は4人。曾祖父母は8人。一代遡るごとに、倍々で増えていきます。
一世代をおよそ20〜25年とすれば、20代前は約400〜500年前で、戦国時代から江戸時代初期あたりです。その頃まで遡って重複を考えずに単純計算すると、20代前だけで家系図上のご先祖さまの延べ人数は約100万人になります。
30代遡れば10億人を超えますが、その時代の日本にそれほどの人口はいません。
実際には、同じ祖先が家系図の中に何度も登場することになります。
自分の家系の中だけではなく、他の人の家系とも重なっています。
遡れば遡るほど、私たちは多くの先祖を共有するようになります。
笹川良一氏の遺した「世界は一家、人類みな兄弟」という言葉がありますが、祖先をどこまでも遡っていけば、それほど突飛な話ではありません。
祖先から私たちは遺伝子を引き継いでいます。
私たちの身体には、父母から受け継いだ遺伝子情報があります。その父母もまた、それぞれの父母から受け継いでいる。
人類は数万年スパンの長い時間をかけて移動し、出会い、子孫を残してきました。
遠い祖先になるほど、私たちは多くの人と系譜を共有し、その長い生命の流れの先に現在の自分がいます。
「日本の総氏神」の意味
日本では、この祖先の話が神様へと続いていきます。
現在も皇居の宮中三殿にある賢所には、皇祖天照大御神が祀られています。
伊勢の神宮も、天照大御神を「皇室の御祖神」としています。
日本神話の伝承では、天照大御神の孫である瓊瓊杵尊が地上へ降り、その子孫が神武天皇へと続き、歴代天皇へつながります。
その意味では、天照大御神を自らの御祖先としていることが最も明確なのは皇室です。
不敬に聞こえる方もいらっしゃるかもしれませんが、血縁の話だけをすれば、長い日本の歴史を見ると、その血縁も私たち一般人と無関係とも考えにくい側面があります。
歴代天皇には多くの皇子女を持った方もいて、その子孫のすべてが皇族として残ったわけではないことも歴史として伝えられています。皇族が臣籍降下して一般の臣下となることも古くから行われ、天皇家を出自とする源氏だけでも多くの系統がありますし、平氏にも皇室から分かれた系統があります。
そこからさらに千年以上、婚姻と子孫の広がりが続いています。
先ほどの話のように、家系は遡るほど重なっていきます。
そう考えると、島国である日本列島で長く世代を重ねてきた私たち日本人を血縁で考えた時、皇室につながる系譜と全くつながっていないと考えることも難しくなってきます。
「自分は天皇家の子孫だ」と証明はできなくても、20代を遡っただけでも、家系図上の祖先の延べ人数は100万人規模になり、そのすべてが、千年以上にわたって広がってきた皇室につながる系譜と全く交わっていない、と考える方が難しくなってきます。
数の理論上、日本人の系譜は互いに重なっているのです。
それを裏付けるかのように、伊勢の神宮は、天照大御神を皇室の御祖神であると同時に、私たち日本人の「大御祖神」「総氏神」としています。
天照大御神とのつながりは、皇室だけの話ではないと考える方が自然なのです。
神話は日本の歴史だった
私たちに関係している神様は天照大御神だけではありません。
天地開闢の神々から、須佐之男命、大国主神、伊邪那岐神、伊邪那美神……
その物語が残されているのが、『古事記』や『日本書紀』です。
現在では、これらを「日本神話」と呼び、歴史とは分けて考えることが一般的です。中には、荒唐無稽なファンタジーとして捉える人もいるでしょう。
しかし、こうした捉え方は日本人の長い歴史の中で、つい最近といえます。
戦前の国定国史教科書では、天照大御神から始まる『日本書紀』神代巻の神話や伝承が、日本の歴史の始まりとして掲載されていました。
戦前までの日本人は、自分たちの国の歴史を、神々の物語から始めていたのです。
もちろん、現在の歴史学では、記紀に書かれた神話をそのまま実証的な史実として扱うことはできないでしょう。
しかし、記紀や神社の社伝は、史実としてそのまま捉えることはできないとしても、そこに当時の社会や自然観、出来事の記憶が比喩や象徴として残されていると読むことはできます。
神話には、その民族がどこから来たと考えてきたのか、何を大切にし、自然や祖先とどのような関係を結んできたのかという情報が残されています。
「神話を失った民族は滅びる」という、イギリスの歴史家、アーノルド・J・トインビーの名言として広く紹介されている言葉があります。
私たち日本人にとって、『古事記』『日本書紀』を知ることは、自分たちの始まりの物語でもあり、自分たちがどこからきたのかを辿ることでもあるのです。
私たちは神々の子孫である
先祖を遡れば、人と人の系譜は重なり、皇室から分かれた多くの系譜とも重なることでしょう。そして、その源流には神々がいます。
少なくとも、記紀をはじめとした日本の伝承の上では、
私たち日本人は、神々へと続く生命の情報を受け継いでいる
と捉えることができます。
私たちの中には、ご先祖さまから受け継いだ遺伝子情報があります。
そのご先祖さまを遥かに遡った先に神々がいるのであれば、私たちは皆、遥かな意味で「神の遺伝子」を受け継いでいると捉えることもできます。
もちろん、日本人が特別だと言いたいわけではありません。
ただ、日本列島という島国で長く世代を重ねてきた私たち日本人の歴史を考えた時、私たちの身体そのものが、太古から途切れることなく続いてきた生命の遺伝子情報の先端にあることは事実であり、その生命の源流を神々の物語として伝えてきたのが、日本の記紀であり神社の伝承といえるでしょう。
神社という情報空間のゲート
受け継がれてきたものは、遺伝子だけではありません。
神話、言葉、名前、祭祀、祝詞、祈り。
私たちは、日本文化といわれる、自分が生まれる遥か以前から存在していた膨大な情報の中に生きています。
たとえば「天照大御神」という名前を知れば、その向こうには『古事記』『日本書紀』があり、伊勢の神宮があり、皇室祭祀があり、太陽信仰があり、長い年月にわたる人々の祈りがあります。
一つの言葉や名前から、その背後にある膨大な情報へアクセスすることができます。
この目には見えない情報の領域を情報空間として捉えています。
その意味で、神社は太古から続くその情報空間へのゲートでもあります。
御祭神が祀られ、その神様の物語があり、祭祀が続けられ、祝詞が奏上され、何百年、何千年と人々が祈ってきた。
神社には、神々の時代から遥か昔のご先祖様とその場所に積み重ねられてきた膨大な情報があります。
そして私たちは、ご先祖さまから遺伝子情報を受け継いだ身体で、その神社へ赴きます。
神前に立ち、御祭神へ意識を向け、祈ることは、
自分の中に受け継がれている遺伝子情報と、太古から続く神々の情報空間を共鳴させること
とも捉えられます。
数え切れないご先祖さまと、その先にいる神々へ意識を遡っていく。
自分がどこから来たのかを思い出し、自分の大元にある魂へ還っていく。
私は神社参拝を、そのように捉えています。