世界線選択

世界線選択とは人生の時間の使い方を選ぶこと

私たちが使える時間は有限です。

一日は24時間しかなく、人生にも限りがあります。

もし無限に時間があるなら、何を選んでも、誰と過ごしても、いつでもやり直せるでしょう。けれど私たちは、限られた時間の中で生きています。

命とは時間であり、その時間を何に使うかが、そのまま人生になる。

だから私は、世界線を選ぶこととは、未来の出来事を思い通りに決めることではなく、有限の時間を、どんな意識状態で、誰と、どのように過ごすかを選ぶことだと考えています。

世界線を選んでいるのは意識の状態

自分は変わらないのに、不思議とうまくいく日とうまくいかない日があります。

人との会話が噛み合い、必要な情報が入ってきて、思いがけないご縁がつながり、物事が自然に進んでいく。

反対に、同じ場所で同じことをしているのに、なぜか何をやっても噛み合わない日もあります。

この違いを生んでいるものの一つが、意識の状態だと私は考えています。

心に余裕があれば、今まで氣づかなかった選択肢が見えます。安心していれば人の言葉を素直に受け取れますし、楽しい状態にいれば自然と行動したくなります。

反対に、恐れや焦りの中にいると、同じ現実を見ていても危険や不足ばかりが目に入り、それを前提に判断するようになります。

意識状態が変われば、観測するものが変わり、選択が変わり、行動が変わる。その積み重ねによって、出会う人や起きる出来事、巡ってくる現実の流れも変わっていきますし、これをご縁や運と捉える方も多いことでしょう。

私は、未来と過去を結ぶ時間軸上の人生体験(現実)が、今ここにある自分の意識状態(周波数)によって創られていく構造を「世界線」と呼んでいます。

人生は共同プレイのゲーム

私たちは子どもの頃から、「自分の人生は自分で何とかするもの」という考え方を強く学んでいきます。

学校では自分の点数、成績、順位、進学先が評価されます。テストや受験も基本的には一人で受け、社会に出てからも、自分の能力、自分の収入、自分の成功という形で人生を見ることが、今の日本社会の当たり前になってしまっています。

その結果、いつの間にか人生を一人で攻略するゲームのように捉えてしまいます。

私自身も長い間そうでした。

努力して能力を上げ、自分の力で現実を動かす。うまくいかないのは努力が足りなかったからだと自分を責め、もっと頑張る。

けれど、意識と周波数の共鳴という視点から見ると、人生はこのような単純な一人プレイのゲームではありません。

穏やかな人のそばにいるとこちらまで落ち着き、怒っている人ばかりの場所に長くいれば自分まで苛立ってくる。楽しそうな人たちの中にいると、自然と氣分も軽くなり、幸せを感じやすくなります。

私たちはそれぞれ、自分だけの記憶や価値観を通して別々の現実を体験しています。そして、全ては自分という自我(エゴ)の捉え方であり、自分が創り出している世界を生きているともいえます。

その意味では「一人一宇宙」です。

けれど、その宇宙は孤立していません。

人の意識は人の意識に影響を与え、家族や職場、友人など、身を置く場の周波数に自然と同調しています。

さらに深い意識の層まで考えれば、個人の潜在意識の先には、集合意識や超意識と呼ばれる大きな意識の領域があり、人はそこでも互いにつながっていると私は考えています。

スピリチュアルの世界では、私たちは個人として、個別の体験をするために大元(ワンネス)から分御霊(わけみたま)として分かれた存在であるという捉え方もあります。

だとすれば人生は、それぞれが自分の人生を生きながら、同じフィールドで影響し合って進む共同プレイのゲームに近いのかもしれません。

ここで興味深いのが、ホーキンズ博士の意識レベルの考え方です。

ホーキンズ博士は、人の意識には恐れや欲望、怒りから、勇氣、受容、愛、喜びへと異なる段階があり、一人ひとりの意識状態はその人だけにとどまらず、集合的な意識にも影響すると考えました。

だとすれば、自分の周波数を上げることは、自分一人が幸せになるためだけのものではありません。

一人の意識が整えば、その人と関わる人や場にも影響し、その積み重ねによって全体の周波数も上がっていく。

だからこそ、まず自分自身が愛や感謝、調和に近い、より高い周波数の世界線を選ぶことが、全体の周波数を高めることにもつながると私は考えています。

その過程で、それまで共鳴していた人と周波数が合わなくなり、ご縁という世界線が分かれることもあるでしょう。

けれど、それは相手を否定したり、切り捨てたりすることとは違います。

その人にはその人の体験があり、今は別の世界線を歩いているだけです。そして、別のご縁や出来事を通して、いつか自分自身の意識に氣づくきっかけが訪れ、またご縁がつながる機会があるかもしれません。

誰かを無理に変えようとするのではなく、まず自分の周波数を上げ、自分が共鳴する世界線を選ぶ。

一人ひとりが自分の周波数を上げることによって、全体の周波数も上がっていく。

そう考えると、それぞれが自分の意識を整えること自体が、この共同プレイにおける一人ひとりの役割なのかもしれません。

だから、有限の時間を誰とどのように過ごすかは、単なる人間関係の問題ではありません。

自分の限られた人生を、どのような周波数の中に置き、何と共鳴しながら生き、どんな宇宙を創造するのかという選択でもあるのです。

未来の結果ではなく状態を選ぶ

ここで大切なのは、私たちが直接選べるのは未来の「結果」そのものではないということです。

選べるのは、今この瞬間の自分の意識状態です。

その周波数が人や場と共鳴し、自分だけではなく、ご縁によってつながる全体にとって調和した未来を引き寄せます。

「絶対にこれを手に入れたい」「こうならなければ困る」と結果を強く掴もうとすると、意識は同時に「まだ手に入っていない」という欠乏にも向かいます。

すると、振り子の法則のように意識は大きく揺れ始めます。

私も以前は、現実を努力で動かそうとするタイプでした。

今は願いを持つことも行動することも否定しませんが、その前に「その未来を選ぼうとしている今の自分は、どんな意識状態なのか」を見るようにしています。

恐れや不足から動いているのか。それとも、安心や喜びの中から動いているのか。

同じ行動でも、その出発点となる周波数が違えば、人との関わり方も、見える選択肢も、その後の現実の流れも変わっていきます。

世界線は力ずくで移動するものではない

世界線という言葉から、「今いる現実から別の現実へ一瞬でジャンプする」というイメージを持つ人もいるかもしれません。

けれど、私が考えている世界線選択はもっと日常的なものです。

誰と話し、何を見て、どんな場所に身を置き、何に意識を向けるのか。

日々の選択が自分の意識状態をつくり、その状態が人や場と共鳴しながら、次に体験する現実へとつながっていきます。

だから世界線は、力ずくで変えるものではないと思っています。

むしろ、掴もうとする力をゆるめることで意識のノイズが減り、それまで見えていなかったご縁や情報を受け取れるようになることがあります。

未来のすべてを、自分一人の頭で設計することなど最初からできません。

自分の意識を整え、自分だけではなく、ご縁でつながる全体にとって愛と調和のあるゴール(未来)を、執着のない形で設定しておく。

すると、忘れた頃に、自分の頭では考えられなかった形やスケールで、願った以上のゴールが実現することがあります。

それが、私が「未来は向こうからやってくる」と表現している感覚です。

いつでも世界線は選び直せる

「世界線を選んでいるのは自分」と聞くと、「今の現実が苦しいのも、自分が選んだからなのか」と自分を責めてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

あるいは、「親や家族は自分が選んでいない」と反論したくなる方もいらっしゃるでしょう。

ただ、スピリチュアルの世界では全ては魂の成長のために必要な体験だともいわれていますし、どこの親に生まれるかということですら、魂が成長するために自分の魂が生まれる前に決めてきたのだという解釈もあります。

家族という簡単には切り離すことができないようなご縁は、魂の成長のために用意された特別なご縁と捉えることもできるでしょう。

私たちは人生のご縁の中で、家庭、学校、社会、人間関係を通して膨大な情報を受け取り、その中で身についた意識状態に無意識のうちに適応しています。

「人生は自分一人で何とかしなければならない」という前提や、「人に頼るのは恥ずべきこと」という前提も、そうして身につけた当たり前の一つかもしれません。

けれど実際には、人は周囲と影響し合い、支え合いながら生きています。

最初から一人で生きている人間などいないのです。

むしろ、自分と他人との向き合い方を学ぶために、この人生というゲームがあるのかもしれないとすら私は思っています。

これまでどんな人生だったとしても、自分の意識はたった今からでも変えられます。

今が幸せであれば、過去の辛い体験も幸せな今を味わうための必要な体験に書き変わってしまうのです。

今これから、どんな意識状態で、誰と、何と共鳴しながら生きていくのか。

人生という時間は有限だからこそ、それを自分で選ぶ。

自分の意識を整え、他者と互いに影響し合う大きな流れの中で、どの周波数に共鳴し、どんな時間を生きるのかを選ぶことで、自然と世界線は本来の自分が望む方向に変わっていきます。

感謝は「ある」世界線との共鳴

自分の意識の方向を確認したい時、感謝を考えるとわかりやすいかもしれません。

感謝しているとき、意識は「ない」ものではなく、すでに「ある」現実を観測しています。

同じ現実の中でも、不足を探せば不足が見え、すでに与えられているものへ意識を向ければ、それまで見えていなかった豊かさが見えてきます。

これは、誰かに感謝したから即座に現実が変わるという話ではありません。

誰かに感謝することも、もちろん大切なことですが、何より今自分が生きている奇跡に感謝の意識を向けることです。

ご先祖さまの集合体ともいえる自分自身に目を向け、宇宙創生と神々の時代から奇跡の連続として連なっているご縁の流れの結果として、自分の目の前に現実となって映し出されている今ここに感謝の意識を向けること。

その時、一人一宇宙の創造主である自分の神性が目覚めます。

自分の本来の魂が共鳴する周波数を感じられるようになり、その状態で人と会い、言葉を受け取り、判断し、行動するようになる。

その結果として、現実の流れも変わっていくのです。

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著者|白川愁士(世界線調律所 所長/神社巡拝ヒーラー)
不動産投資家。お金を追い求めた末に、神社参拝が日常となり、結果的に「神社巡拝ヒーラー」となった。現在は三位一体調律(トリニティヒーリング)で心・身体・現実(お金の流れ)を整えている。宅建士・FP保有。 ▶ プロフィール