願望実現と意識の仕組み
強く願っても、なぜか叶わない。むしろ、願うほど遠ざかっていく氣がする。そう感じたことのある人は、少なくないと思います。
もちろん、強く願えば叶うこともあります。引き寄せる力が強い人なら、なおさらです。ただし、欠乏から願っているときは、叶わずに遠ざかるか、叶っても大きな反動が返ってくるか、どちらかになりがちです。
これは、願い方が弱いからでも、努力が足りないからでもなく、そのときの意識の状態に理由があります。この記事では、その仕組みと、抜け出し方を見ていきます。
「欲しい」の奥にあるもの
「お金が欲しい」と願うとき、その言葉の奥には「いまは、お金がない」という感覚があります。
「愛されたい」の奥には「いまは、満たされていない」という感覚がある。
強く願うほど、私たちはその「ない」という感覚――欠乏――を、強く感じています。
ホーキンズ博士の意識のマップで言えば、「もっと欲しい」という欲望は125。
分かれ目の200より下、低い周波数の帯域です。
つまり、強く欲しがっているとき、自分の意識は低いところにいます。
さらに、強い欲求のまま無理に掴みにいった場合は、今度はその反動として、振り子の法則で揺り戻しが起こりやすくなります。
脳は「ない」を強めてしまう
ここに、脳の性質が関わってきます。
心理学者のダニエル・ウェグナーは、ある実験をしました。被験者に「シロクマのことだけは考えないでください」と伝えると、人はかえってシロクマのことばかり考えてしまう、というものです。これは「皮肉過程理論」と呼ばれています。
願望でも、同じことが起こります。
「お金がない状態を、何とかしたい」と願うほど、脳は「お金がない」という一点に焦点を当て続けます。
願えば願うほど、欠乏の感覚は強まっていく。願いそのものが、「ない」という状態を補強してしまうのです。
意識が先、現実があと
ここで話すことは、科学的に証明された事実ではなく、ひとつの見方です。
現実は、自分の意識の状態を映し返します。
欠乏という意識でいる限り、返ってくるのは欠乏の現実です。出会う人も、起きる出来事も、その周波数に合ったものになる。意識が先で、現実があとなのです。
だから、目の前の現実を直接いじって変えようとしても、なかなか動きません。
鏡に映った自分の姿を、鏡のほうを拭いて変えようとするようなものだからです。
変えるべきなのは、現実を映す大元である本体――自分の意識の状態のほうです。
意識が低い周波数の帯域に常在していれば、低い周波数の世界線を生きることになります。
意識が高い周波数の帯域に常在していれば、高い周波数の世界線を生きる。
意識が、どの世界線を生きるかを決めている。私はそう考えています。
念のための補足ですが、これは「いま苦しいのは、あなたが低い世界線を選んだ自業自得だ」という話では、決してありません。むしろ逆です。
今までどんなに苦しい体験をしてきたとしても、意識の状態が整い始めると、いまこの瞬間から、現実との関わり方は変わり始めます。
そして、今から先の未来が豊かに整っていくだけでなく、苦しかった過去ですら、豊かな今を味わうために必要な体験だったのだと、少しずつ見え方が変わっていきます。
これは、今の意識を整えることで、過去の意味づけと、未来の流れ――つまり、これから進む世界線を選び直していくという話です。
欠乏から、充足へ
では、どうすればいいのか。
やることは、願いをもっと強めることではありません。むしろ逆で、意識を、欠乏から充足へ移すことです。
「ない」ではなく「ある」に目を向ける。
すでに持っているもの、すでに満たされているものに氣づく。
その代表が、感謝です。
感謝でいるとき、意識は少しずつ、軽く、温かい帯域へ移っていきます。
願いを持つこと自体が悪いわけではありません。
問題は、欠乏の状態のまま、その願いを握りしめてしまうことです。
強く願って、無理に現実を動かそうとするよりも、まず、自分の意識の周波数を整える。
いま目の前にある何氣ない豊かな現実に氣づき感謝する。
いま目の前にいる人と調和し、楽しい時間を共有する。
その状態で過ごす時間が増えていくほど、選ぶ世界線も、自然と変わっていきます。
願いは、力ずくで掴みにいくものではなく、整った意識の状態に、静かに引き寄せられてくるもの。
そしてときに、こちらが思っていた以上の形で、向こうから巡ってくるものなのだと思います。