願望実現と振り子の法則
ロシア在住の作家で、元量子物理学者を名乗るヴァジム・ゼランド氏は、著書『リアリティ・トランサーフィン』のなかで、現実の不思議な仕組みをいくつも示しました。
その中で重要な概念のひとつが、「振り子(ペンデュラム)」です。
ゼランド氏のいう振り子とは、多くの人が同じ方向へ思考や感情のエネルギーを向けることで動き続ける、エネルギー情報的な構造です。
社会、組織、思想、争い、流行など、さまざまな振り子が人の意識を引きつけ、怒り、不安、恐れ、熱狂といった反応からエネルギーを受け取ります。
そして私たち自身も、何かに過剰な「重要度」を与えることで、一方向へ大きく振れることがあります。
「絶対に欲しい」
「絶対に失いたくない」
「絶対にこうでなければならない」
ゼランド氏は、こうした過剰な重要度によって「過剰ポテンシャル」という不均衡が生まれ、それを解消するために「平衡力」が働くと説いています。
何かを強く望むほど、なぜか反対方向への力も大きくなる。
強く掴みにいくほど、揺り戻しも大きくなる。
振り子の法則とは
引き寄せる力が強い人は、強い思いで現実を動かすことができます。
願ったものを、実際に引き寄せてしまう。
ですが、エゴの欲(欠乏)から出る力で、強引に現実を掴みにいくと、願いを叶えたとしても、その後に平衡を取り戻すような揺り戻しを経験することがあります。
かつての私自身もそうでした。
エゴの願いを叶えるために、頑張って現実的に可能な限りあれこれと能動的に動かすことに躍起になっていました。
その結果、多くのエゴの願いも叶いましたが、その後の振り子で相応のエネルギーを吐き出したり、苦労することを繰り返す経験もしました。
「絶対に嫌だ」も振り子
振り子を揺らすのは願望や欲望だけではありません。
「絶対に嫌だ」も今という現状から逃れたいという心理としては同質のものです。
「絶対に合格する」は「不合格は絶対に嫌だ」を同時に意識していることでしょう。
だから、振り子は「欲しい」という欠乏だけでなく、「嫌だ、避けたい」という抵抗でも振れるのです。
「お金が欲しい」と願うとき、その言葉の奥には「いまは、お金がない」という感覚があります。
「幸せになりたい」の奥には、「いまは、幸せではない」という意識があります。
同様に、「失いたくない」も「失ったらどうしよう」という不安の意識があることでしょう。
もちろん、「試験に合格したい」や「この人と一緒にいたい」という願望は自然なことですから、否定する必要はありません。
ただ、「絶対にこうでなければならない」と強く願うほど、私たちは反対に同質の「その通りにならなかったら…」という不安や恐怖、そして現状への欠乏感を感じていることでしょう。
世界を平和にしたいと強く思う人ほど、意識は平和ではない世界に向いています。
豊かになりたいと強く思うほど、まだ足りないものに意識が向かいます。
「なりたい」という未来を見ながら、同時に「いまはそうではない」という現実を観測しているのです。
願望実現について考えるとき、私はこの「欲しい」という感覚の奥にある、根源的な欲求を考えた方が良いかもしれないと思っています。
本当の願望
もうひとつ考えておきたいのは、自分が「欲しい」と思っているものを、本当の自分が欲しいのかということです。
私たちは、それまでに見聞きした情報や、社会の価値観、自分の経験の中から未来を想像します。
お金持ちになりたい。
こういう仕事がしたい。
本を出したい。
この場所に住みたい。
こういう人になりたい。
けれど、その願望を設定した時点の自分が、未来の自分にとって本当に心地よい状態まで知っているとは限りません。
10年前の自分を思い出してみて下さい。
今の自分を正確に設計することはできなかったことに気づくのではないでしょうか?
でも、10年前の自分が思い描いた願望が、実際には違う形で叶っていることもあるかもしれません。
多くの場合、願望が実際に叶ってみると、「思っていたものと少し違う」と感じるものです。
願っていたものの形は合っていても、そこで本当に体験する感覚や、その意味は、願望を持った時点で想像していたものとは違うことがあります。
エゴは、今の自分の知っている範囲から未来を考えます。
そのため、「この形でなければならない」、「ここまで行けば幸せになれる」と考えがちになりますが、少し遠い未来は誰にも想像できないのです。
スマートフォンがなかった頃の子供時代の私が、今の私の当たり前の日常生活を想像できるわけがありません。
未来の世界は私たちのエゴの想像をはるかに超えて素晴らしいものなのです。
計画を立てれば、その計画した場所までは行けるかもしれません。
けれど、自分では考えていなかった素晴らしい場所へ行くためには、すべてを最初から決め切らないことも必要なのだと思います。
普段と違う行動をしてみる。
そこで新しい人に会う。
知らなかった情報を知る。
思っていたものとは違う感覚を体験する。
その中で、
「自分は本当はこっちへ行きたかったんだ」
と氣づくこともあります。
願望を叶えること以上に、自分が本当に何を望んでいるのかを知っていくことの方が、素晴らしい未来につながっていると私は思っています。
引き寄せが強いなら
引き寄せる力とは、エゴ(顕在意識)の実現力の強さと言ってもいいかもしれません。
私自身も引き寄せが強い方だと思いますが、前述した通り、強いほうがいいわけでもありません。
引き寄せる力が強い人は、振り子も大きく振れますので、現実の浮き沈みも激しくなりがちです。
エゴで引き寄せる力が弱い人は、振り子の振れ幅も小さくてすみますし、ゼロポイントに近いともいえます。
周波数は安定し、優しい方が多いと思いますが、現実的に決めたり、実行していくことが苦手な傾向にあるかもしれません。
また、私の人生経験での感覚としては、天が決めた配置というべきか……引き寄せの強い人と弱い人は、支え合うような人間関係のなかに配置されているように思います。
完璧にしようとするほど重要度は上がる
私自身は、以前はかなり完璧主義でした。
自分の中で「こうあるべき」という形を作り、それに現実を合わせようとする。
予定通りに進めようとし、失敗しないように準備する。
なんとかしようと思えば思うほど、そのことに対する重要度も上がっていきます。
そして重要度が上がれば、時間や労力の投資が増え、「こうならなかったら困る」という抵抗も同時に大きくなります。
期待していた結果と現実に差が生まれれば、それだけ落胆も大きくなります。
頑張ること自体が問題なのではなく、エゴが考えた「完璧」に現実を合わせようとすると、どうしても振り子を強く振ることになるということです。
自分が考えた完璧は、その時点の自分が知っている情報の中での完璧です。
実際には、予定が変わったことで別の場所へ行き、そこで必要な人に会うこともあります。
思った通りにならなかったからこそ、別の可能性に氣づくこともあります。
最初から決めた道筋だけを正解にしてしまえば、そうした流れは「失敗」に見えてしまいます。
反対に、少し力を抜いて、その時に起きたことを受け取りながら進むと、自分の計画にはなかった展開が入ってきて、想像以上の望む現実が起こる……
そんな経験を何度もしてきました。
今の私は、自分のエゴが頑張ってすべてを動かそうとするより、大いなる何かに委ねた方が、結果的に最適なタイミングで自分のエゴが満たされる素晴らしい何かが起こる、という確信があります。
振り子を振らないゼロポイント
では、振り子の揺り戻しを受けずに願望実現をするためには、どうすれば良いのでしょうか。
私は、振り子を振らず、目の前の現実を受け入れることだと思っています。
「欲しい」という欠乏を意識するでも、「嫌だ」という抵抗を意識するでもなく、いま目の前にある現実に氣づく。
すでに与えられているものに意識を向ける。
「ない」ではなく、「ある」を観測する。
それが、感謝です。
ゼランド氏自身は、振り子への対処を「重要度を下げる」「身をかわす、またはてなずける」と表現していましたが、私は目の前の現実をただ受け入れ、感謝することが、振り子を振らないゼロポイントだと思っています。
いま、ここに、すでにあるもので満ちていることに氣づき、現状に感謝する。
感謝の意識でいる人には、不足感がありません。
100億円持っていても「まだ足りない」と思っていれば、意識は欠乏にあります。
反対に、持っている金額にかかわらず、「もう十分に豊かだ」と感じていれば、その人はすでに豊かさの中にいます。
幸せも同じです。
「いつか幸せになりたい」と思い続けている限り、意識は「いまは幸せではない」という場所にあります。
幸せは、未来のどこかから持ってくるものではなく、いまある幸せに氣づくことによって感じるものです。
家族や友人がいる。会話できる人がいる。
雨露をしのげる家があり、身体が動き、食べるものがある。
「ない」を探せば、ないものはいくらでも見つかります。
「ある」を見れば、すでに多くのものを受け取っていることに氣づくことでしょう。
外側に何があるかよりも、今、自分が何を観測しているのか。
振り子を揺らそうとしているのはエゴで、揺らさずにいるほうが、現実は整っていきます。
現状を愛する感謝は、最高に近い周波数の帯域なのです。
願望ではなく意図を持つ
「未来について何も考えない方が良い」といいたいわけではありません。
自分がどちらへ行きたいのか?
どんな状態で生活したいのか?
どういう人と過ごしたいのか?
という方向は、自分で選ぶことができます。
願望は、未来の一点にある結果を見ているのに対し、意図は、今この瞬間に、
「私はこちらへ進む」と方向を決めています。
そして、一歩進めば、それまで見えていなかったものが見えてきます。
人との出会いも変わり、入ってくる情報も変わります。
そこでまた、自分がどちらへ進みたいのかを選ぶ。
最初に頭で考えた計画を守ることを意識するよりも、その時々に現れる現実と自分の意識との対話によって進んでいく。
その方が、本当の自分が望んでいたものに近づくことが多いことでしょう。
未来の形に固執するのではなく、大きく意図して「状態を選び、結果はゆだねる」ということです。
いつ行動するのか
あなたに行動すべき役割があるときは、誰かがあなたに頼んできたり、「これは自分にしかできない」と思わせる現実の流れが、必ずあるはずです。
斎藤一人さんの教えに「仕事は呼ばれてするもの」という話がありましたが、英語でも、天職のことを Calling(呼ばれること)と言います。
「自分が」というエゴだけで未来を決めようとするのではなく、ご縁から運ばれてくる現実の流れに感謝して、自分にできることを精一杯行う。
「人事を尽くして天命を待つ」とは、そういうことだと思います。
私も昔は散々エゴで振り子を振って行動してきましたが、いまは現実の流れがないと思ったときは、何もしません。
自分の意識を整えることを優先し、ご縁から何かが来るのを静かに待っています。
毎日何かの現実が勝手に起こり、自分がすべきことは降ってくることでしょう。
この世界は思った通りなのですから、周波数さえ整っていれば、
それを意図として確信し、今この瞬間の自分の意識状態を選んでいけば良い。
その積み重ねが、自分の生きる世界線を選ぶということだと思っています。