未来は、向こうからやってくる|潜在意識と超意識の世界線
未来は、自分が頑張って作りにいくもの。
多くの人は、そう思っています。
目標を決めて、計画を立てて、努力して、そこへ向かって進んでいく。
もちろん、それは大切なことです。何も行動しなくていい、という話ではありません。
ただ、人生を振り返ってみると、本当に大事な流れは、こちらが力ずくで作ったというより、向こうからやってきたように感じることがあります。
たまたま目に入った言葉、ふと届いた連絡、なぜか氣になった場所、何氣ない会話の中で開けた道。
そのときは偶然に見えても、後から振り返ると「あれが転機だった」と思うことがあります。
未来は、無理やり掴みにいくものではなく、今の意識状態に応じて、向こうから届いてくるものなのかもしれません。
この記事では、未来を「作る」のではなく、「受け取る」という見方について考えてみます。
未来は、外側だけで決まるものではない
私たちは普通、未来は外側にあると思っています。
これから起きる出来事、これから出会う人、これから得る結果。
だから未来を変えようとすると、外側の現実を一生懸命動かそうとします。
もっと頑張り、もっと探し、もっと掴み、もっと引き寄せようとする。
昔の私自身もそう思って行動していました。
けれど、現在の私は、少し違う見方をしています。
未来は、外側だけで決まるものではないと確信しているからです。
今の自分の意識状態と、外側の流れが響き合ったときに、ひとつの現実として立ち上がってくるように思っています。
同じ出来事が起きても、不安な状態で受け取るのと、整った状態で受け取るのとでは、意味が変わります。
同じ人に出会っても、欠乏の状態で関わるのと、満ちた状態で関わるのとでは、その後の流れが変わります。
同じチャンスが来ても、焦っているときには疑い、整っているときには自然に受け取れることがあります。
つまり未来は、外側から一方的に押し寄せてくるものではなく、今の自分がどんな意識で現実を受け取っているかによって、見え方も、選び方も、流れ方も変わっていくのです。
潜在意識は、未来の受け取り方を決めている
私たちは、自分で考えて、自分で選んでいるつもりで生きています。
けれど実際には、日々の判断の多くは、もっと深いところにある潜在意識の影響を受けています。
過去の経験、何度も感じてきた感情、親や社会から受け取った思い込み、傷ついた記憶や安心した記憶。
そうしたものが、知らないうちに自分の「当たり前」を作っています。
たとえば、心の奥に「私は愛されない」という前提があると、人の優しさを素直に受け取れなくなることがあります。
「お金はすぐになくなる」という前提があると、入ってくるお金よりも、出ていくお金ばかりが氣になります。
「人は信用できない」という前提があると、信頼できる人に出会っても、どこかで疑いながら関わってしまいます。
これは、本人が悪いという話ではありません。
潜在意識に入っている前提が、その前提に合う現実を見つけやすくしている、という話です。
だから未来を変えるには、外側の結果を力ずくで変えるより、まず自分の内側にある前提に氣づくことが大切になります。
「どうせ無理だ」
「また失うかもしれない」
「自分には受け取る価値がない」
そういう声が自分の中にあることに氣づくだけでも、未来の受け取り方は少し変わります。
超意識は、小さなエゴより広い流れを見ている
ただ、私たちの意識は、潜在意識だけで終わるものではありません。
もっと奥には、個人の損得や不安を超えた、広い意識があると私は感じています。
スピリチュアルの世界では、それを超意識と呼ぶことがあります。
集合意識、大いなる意識、宇宙意識と呼ぶ人もいます。
言葉は何でもいいのですが、大切なのは、自分ひとりの小さな頭で考えている以上の流れがある、という感覚です。
自分では思いつかなかったのに、ふっと答えが浮かんだり、なぜかその人に連絡したくなったり、行く予定のなかった場所で必要な出会いが起きたりする。あるいは、頭では進みたいのに、身体のほうが先に違和感を出すこともあります。
こういうことは、誰にでも少しはあると思います。
それは、未来を自分だけで作っているというより、もっと広い流れから届いている合図を受け取っている状態なのかもしれません。
エゴは、未来を管理しようとします。
「この結果でなければならない」
「この人でなければならない」
「この道で成功しなければならない」
そうやって握りしめるほど、視野は狭くなります。
けれど、もっと広い意識の側から見ると、今は叶わないほうがいい願いもあるのかもしれません。
一度失うことで開く道もあるかもしれません。
遠回りに見えて、実は最短だったという流れもあります。
小さなエゴでは設計できない未来がある。
だからこそ、未来は掴みにいくより、整えて受け取るほうが良いのだと思います。
整うと、受け取る未来が変わる
未来を受け取るために必要なのは、特別な能力ではありません。
まず、自分の状態を整えることです。
身体の緊張をゆるめ、「ない」ではなく「ある」に目を向け、感謝できるものを思い出す。心地よい人と時間を過ごし、目の前のことを、できる範囲で丁寧に行う。
こうした小さなことでも、受け取る未来は少しずつ変わっていきます。
不安な状態にいると、不安を刺激する情報ばかり目に入りやすくなります。
焦っていると、焦らせる話に飛びつきやすくなります。
欠乏の状態にいると、「足りない」現実ばかりを確認しやすくなります。
反対に、整った状態にいると、整った流れに氣づきやすくなります。
今は動かないほうがいいと分かったり、逆に、ここは動くところだと自然に分かったりする。誰かの何氣ない一言が、今の自分に必要な答えとして入ってくることもあります。
未来はいつも、何かしらの形で合図を出しています。
けれど、こちらの周波数が乱れていると、その合図を受け取りにくくなります。
だから、未来を変えるために一番大切なのは、未来を睨みつけることではありません。
いまの自分を整えること。
いまの周波数を、少し軽く、温かいほうへ戻すこと。
そこから、受け取れる未来が変わっていきます。
未来は、力ではなく、同調でやってくる
未来は、力ずくで引っ張ってくるものではありません。
どちらかと言えば、同調していくものです。
自分の意識状態が変わると、見えるものが変わります。
見えるものが変わると、選ぶものが変わります。
選ぶものが変わると、出会う人や出来事も変わっていきます。
そうして氣づけば、以前とは違う世界線を歩いている。
世界線が変わるとは、空間が突然ひっくり返るような派手な話ではありません。
昨日なら選ばなかった言葉を、今日は選べる。以前なら反応していたことに巻き込まれず、昔ならしがみついていた関係を、今は静かに手放せる。前なら氣づかなかった優しさを、今は受け取れる。
そういう小さな変化が、未来の流れを変えていきます。
そしてある日、向こうから現実がやってくる。
会うべき人に会い、必要な情報が届き、思ってもみなかった道が開く。無理に掴もうとしていた頃より、ずっと自然に流れが整っていく。
これは、何もしなかったから起きるのではありません。
整えていたからです。
受け取れる状態でいたからです。
小さなエゴだけで未来を決めようとするのではなく、もっと広い意識の流れに、自分を合わせていたからです。
未来は、向こうからやってくる
未来は、遠くにあるゴールではありません。
いまの意識状態に応じて、少しずつこちらへ近づいてくる流れです。
焦りから待つのか、欠乏から待つのか。感謝から待つのか、信頼から待つのか。
同じ時間を過ごしていても、どの周波数で待っているかによって、受け取る未来は変わります。
だから、まず整える。
自分の内側のノイズを静め、感謝に戻り、心地よい人と時間を過ごす。いま目の前のことを丁寧にして、結果は握りしめない。
未来は、こちらが力ずくで作り出すだけのものではありません。
潜在意識の前提が変わり、集合意識との響き方が変わり、超意識からの合図を受け取れるようになったとき、向こうから静かに届いてくるものでもあります。
その未来は、エゴが細かく設計したものより、たいてい大きい。
そして、思っていたよりも自然で、最初からそうなることがわかっていたような感覚。
豊かな未来は、向こうからやってくる。
私たちにできるのは、その未来を受け取れる意識状態で、いまここに在ること。
整った意識の先には、私たちの想像を超えた豊かな世界線がいくつも広がっているのだと思います。