神社の選び方
神社参拝はヒーリングそのものである、というのが私の持論です。
人は場の周波数に同調するからです。
良いカフェや一流ホテルのロビーのように、掃除が行き届き、無駄なものがなく、騒音が少なく静けさがある場所は、氣が良い、波動が高い空間で「整った周波数の場」であり、その場に居るだけで人の周波数は整っていきます。
そして、氣が良い、波動が高いと言われる場所の代表格が神社です。
整った場に身を置くだけで、日常の焦りや不足感に引っ張られていた自分の周波数が、自然に調律されていく… 意識が整えば、選ぶ現実が変わり、現実の流れが変わり始める… だから、神社参拝はヒーリングそのものであり、現実を良くしたいなら、まず神社に通えば良い──という話をしています。
では、日本に約8万社あると言われる神社の中から、実際にどこへ参拝すればいいのか。
今回は「神社の選び方」について語ってみようと思います。
先に、大前提をお伝えしておきます。
ご利益を求めるなら、地元の氏神様と、ご縁のある神社が最優先です。 今生活している住所の氏神様はもちろん、生まれた土地の産土神様、親に連れられて毎年初詣に通っていた神社、合格祈願で上がった神社、結婚式を挙げた神社…過去のあなたの人生体験の中にある神社は、すでにあなたにご縁のある神社です。 あなたの人生を支えて下さった神様と神社であるはずですので、まずは最優先に大事にされるのが良いと思います。 ご両親や祖父母の方が大事にしていた神社も、同じくご縁のある神社といえるでしょう。
その上で、定期的に通って意識を整えるための地元のパワースポットを探す手掛かりとして、また、縁もゆかりもない旅先や観光地で素晴らしい体験が期待できる神社を探す手掛かりとして、今回の話を捉えて頂ければと思います。
まずは一宮
手掛かりとして、いちばん分かりやすいのが一宮(いちのみや)です。
一宮とは、昔の国──武蔵国、相模国、甲斐国……といった旧国ごとに、最も格が高いとされた神社のこと。
昔の国の数は、全国でおよそ68ヶ国。一宮は原則として一国に一社ですから、基本はその程度の数しかありません。時代の変遷で一国に複数の一宮が並び立った国もあり、現在「一宮」を名乗る神社は全国で100社ほどと言われますが、それでも8万社の中の100社です。
そして一宮は、その国で一番重要な神社という位置付けでした。だからこそ、広い境内、深い鎮守の杜、立派な社殿と参道──物理的にも、しっかりと整えられていることが多いのです。「整った周波数の場」の条件を、千年単位で満たし続けてきた場所であることが多いです。
旅先の県が昔は何という国で、一宮はどの神社か。まずはこれを調べるだけで、その土地で公式に一番とされた神社にたどり着けます。
では、その一宮はいつ、誰が決めたのか。については、私もこのコラムを書くために調べました(笑) ここからは、私の知識の整理でもあります。
千年以上前の「公式神社リスト」
色々な神社を回っていると、「延喜式」とか「式内社」と表記されている神社に氣づくでしょう。
一宮の背景を遡っていくと、延喜式(えんぎしき)に行き着きます。
これは平安時代の中期、927年に完成した、国の決まりごとを細かくまとめた法典です。いわば当時の「国家運営マニュアル」ともいえるでしょう。
その中に、朝廷が公式に認めた全国の神社のリストが載っています。これが延喜式神名帳(じんみょうちょう)。載っている神社の数、全国で2861社(お祀りされている神様の数では3132座)。
このリストに名前がある神社を、式内社(しきないしゃ)と呼びます。
式内社であるということは、少なくとも1100年前にはその場所に鎮座し、国に認められていた、ということ。つまり、千年以上ものあいだ、祈りが途切れずに続いてきた場所なのです。
式内社にも「ランク」がある
神様のお社にランクづけ?という違和感はありますが、人が管理する上で区分しなければならない事情もあるでしょう。
神名帳の中では、神社はいくつかに区分され、ランクづけされています。。
まず、官幣社(かんぺいしゃ)と国幣社(こくへいしゃ)。朝廷は毎年、全国の式内社に幣帛(へいはく=神様へのお供え物)を奉っていました。都の神祇官(じんぎかん)から直接お供えを受けたのが官幣社で573社、遠方のため各国の国司から受けたのが国幣社で2288社。都に近い、朝廷直轄の神社ほど官幣社だった、というイメージです。
さらに神社は、重要度に応じて大社と小社に分けられ、大社の中でも特に霊験あらたかとされた224社は名神大社(みょうじんたいしゃ)と呼ばれる別格の扱いでした。2861社の中の224社ですから、当時でもトップクラスの神社です。今も「〇〇大社」と呼ばれるような各地の古い神社の多くが、この流れをくんでいます。
ちなみに、千年のあいだには廃れたり、場所を移したり、記録が失われたりした神社もあり、「リストのあの神社は、今のどの神社なのか」複数の候補があるケースを論社(ろんしゃ)と言うそうです。千年という時間は、歴史そのものを霞ませてしまうのです。
一宮は、延喜式とは別モノだった
では、一宮はこの延喜式で決められたのかというと──実は、違いました。
一宮は、平安時代の後期から、各地の崇敬の実態に応じて自然に定着していった仕組みなのだそうです。「新任の国司が最初に参拝する神社だった」とよく説明されますが、選定基準を記した公式記録は残っておらず、由来には諸説あるとのこと。
国が上から決めたのではなく、その土地の人々の祈りの積み重ねが、下から育てた格式ということです。
また、国によっては一宮に次ぐ二宮(にのみや)・三宮(さんのみや)も定着していて、こちらも旅先で神社を探す手掛かりになります。二宮・三宮も延喜式神名帳に載る式内社であることが多く、その土地で長く大切にされてきた神社です。
なお、国内の神様を一社ずつ回るのは大変なので、まとめてお祀りした総社(そうじゃ)という神社も生まれています。昔の人も合理的です(笑)。
その後、明治時代に国が改めて社格制度を定めますが、戦後に廃止。今「旧社格」と呼ばれているのは、この明治の制度のことです。
知らない土地でこそ、一宮や延喜式が手掛かりになる
社格が高いから氣が良い、という話をしたいわけではありません。名もなき小さなお社で、ハッとするほど澄んだ空氣に包まれることも多いです。
ただ、縁もゆかりもない土地では、どの神社が大切にされてきたのか、外から見ただけでは分かりません。そこで、延喜式の情報は手掛かりになります。スピリチュアルの世界では、祈りの積み重ねがその場の波動を高めていく、と語られています。千年以上、祈りと感謝が捧げられ続けてきた場所は、私の経験上、確かに素晴らしい氣に満ちていることが多いです。
知らない土地でも、式内社のような伝統ある神社では、素晴らしい参拝体験が期待できるとはいえるでしょう。社格とは、氣の良さの保証書ではないけれど、「ここでは千年、祈りが途切れなかった」という事実の証明ではあります。
結論──それでも、基盤は地元にある
最後に、大前提に戻ります。
遠くのパワースポットが、どれほど素晴らしくても、そこに通い続けることはできません。
あなたの現実を日々支えているのは、旅先の聖地ではなく、いま住んでいるこの土地です。今の自分の基盤である土地とそこで顔を合わせる人、いう生活圏のご縁に対する感謝なくして、現実の流れは良くなっていかない──私はそう捉えています。
日々の暮らしを大切にして、地元の氏神様に感謝を伝え、自分の意識が整っている。その土台があってはじめて、旅先の一宮や式内社での特別な体験も、本当の意味で活きてくる。
順序は、いつも足元から。遠くの聖地は、そのご褒美くらいがちょうど良いのだと思います。
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