お金が入ってこないのはなぜ? “努力”の外にある本当の原因
真面目に働いている。節約もしている。それなのに、なぜかお金が残らない。
そんな時には、「もっと稼がなければ」「もっと努力しなければ」と考えたくなるのも自然な話です。
でも、お金の流れを本当に整えたいのなら、その前にやることがあるのかもしれません。
これから私がするお金の話は、多くの人にとって耳の痛い話になるかもしれませんが、現実的な行動に直結する話ですし、であればこそ即効性のある話だと思います。
まず……
銀行口座の残高を、きちんと見ていますか。
クレジットカードの明細や、税金、支払いの期限を把握していますか。
意外に思うかもしれませんが、お金の問題を抱えている時ほど、私たちはその現実を見たくなくなります。
残高を見ると不安になる。請求書を開くと嫌な氣持ちになる。だから、できるだけ考えないようにする。
それでも心のどこかでは不安なので、「もっとお金が入ってくれば全部解決する」と考える。
お金の流れを変える最初の一歩は、もっと頑張ることではなく、まず今ある現実を見ることなのかもしれません。
まず銀行残高を見る
銀行残高を見るだけで、お金が増えるわけではありません。
それでも、お金という存在に対して、意識を向けることの第一歩です。
今いくら持っているのか。毎月いくら入ってきて、何にいくら使っているのか。近いうちに何を支払う必要があるのか。
数字にしてみれば、思っていたほど深刻ではないこともありますし、反対に、今すぐ何かを変えた方が良いと分かることもあります。
どちらであっても、現実が分かれば次の行動を選べます。
現実的な対処をしていれば、何も怖がる必要はないのです。
とはいうものの、残高を見ようとしただけで胸がざわついたり、「今日はやめておこう」と画面を閉じたくなったりすることがあるかもしれません。
そんなネガティブな感情が出てきたとしても、自分を責めなくても大丈夫です。
「今の私は、お金の現実を見ようとすると不安になるんだな」
まずは、それに氣づけば良いのだと思います。
見たくない「現実」と見たくない「感情」は同じ
この構造は、無意識と向き合う時にもよく似ています。
人は、嫉妬、怒り、恐れ、罪悪感、劣等感……といったネガティブな感情を持つことを、顕在意識では拒否したいという反応をしがちです。
私たちが感じる感情は、自分にとって都合の良い感情だけではないでしょう。
だから私たちは、「こんなことを思ってはいけない」と蓋をしたり、そもそも感じていないことにしたりします。
でも、その感情がなくなったわけではありません。
銀行残高を見ないからお金の心配がなくなるわけではないのと同じです。
現実世界(顕在意識)でも無意識でも、最初に必要なのは、自分にとって都合の悪いものを消すことではなく、そこにあることを認めた上で向き合うことです。
残高を見て不安になるなら、不安になる自分を見る。お金を持っている人を見て嫉妬するなら、嫉妬している自分に氣づく。
それは自分を責めるためではありません。
全ての現実は自分の意識の投影であるとすれば、今まで見ないようにしていた無意識に氣づけるようになれば、その意識が創り出す現実も選び直すことができます。
まずは現実的に銀行残高を確認したり、日々の支出を計算したりといった、お金に関する現実に向き合おうとした時に、自分はどうなるのか、出てくる反応や感情を冷静に眺め、自分の負の側面に氣づくだけでも良いでしょう。
現実が見えれば人にも聞ける
お金の問題は、一人で全部解決しなければならないものでもありません。
数字を見て、「これは自分には分からない」と分かれば、お金の管理が得意な人に聞いたり、任せたりしても良いのです。
家族や友人かもしれませんし、専門的な話なら、税金なら税理士、借入なら金融機関、不動産ならその分野に詳しい人かもしれません。
私たちは「自分がお金を稼ぐ」ことばかり考えがちですが、人生という現実は協力プレイのゲームであり、人とのご縁の中で解決する課題がたくさんあります。
きちんとお金を管理している人の近くにいると、
「それは先に払っておいた方がいいよ」
という助言がもらえるかもしれませんし、
お金を稼いであなたの生活を支えている人に、
「いつも私の生活を支えてくれて、ありがとう」
と日々感謝の意識を向けることが、あなたのお役割かもしれません。
自分だけで解決しようとして大問題だったことが、驚くほど普通の話として処理されることもあることでしょう。
お金に限らず、自分一人の頭の中で問題を抱えている時には大きく見えていたものが、誰かとの関係の中で考え出した途端に小さくなることもあります。
この世界は一人プレイのゲームではないのです。
なぜもっとお金が欲しかったのか?
現実を見て、そこから生まれる感情にも少しずつ向き合えるようになったら、もう一つ自分に聞いてみると良いかもしれません。
「私は、なぜもっとお金が欲しかったのだろう」
もちろん、お金そのものには大きな力があります。
住む場所を選べる。食べたいものを食べられる。時間に余裕ができる。家族を助けたり、やりたいことに挑戦したり、行きたい場所へ行ったりすることもできます。
でも、その先まで見ていくと、私たちが本当に欲しかったものは「口座に並んだ数字」そのものではない場合が多いことでしょう。
お金があれば安心できると思った。自由になれると思った。人から認めてもらえると思った。家族に十分なことをしてあげられると思った。好きなことをして、楽しい、嬉しい、満たされているという感情を味わえると思った。
つまり、「もっとお金が欲しい」という言葉の奥には、そのお金によって味わいたかった感情があることでしょう。
そこに氣づくことは、お金を欲しがることを否定することではありません。むしろ、自分が本当は何を求めていたのかさえ分かれば、お金を単なる不足の象徴として追いかける必要がなくなっていきます。
たとえば、本当に欲しかったのが安心なら、今の現実を把握して必要な対処をすること自体が安心につながります。自由が欲しかったなら、すでに自分にある選択肢に氣づくこともできますし、楽しく生きたかったのであれば、本来の自分が楽しいと感じる方向へ少しずつ選択を変えていくこともできます。
私自身も、お金を追いかけることより自分の意識状態を整えることを大切にするようになった頃、思いもしなかったご縁から仕事と収入が広がった経験があります。
お金を直接動かそうとするのではなく、自分が何を感じ、何を選び、誰とつながり、どんな意識状態(周波数)で生きているのかが変わった結果として、お金の流れも変わることがあるのだと思います。
お金もあなたの意識の投影
現実はあなたの意識の投影ですから、お金も例外ではありません。
むしろ、現実の象徴であるお金は、自分の意識状態に氣づく上でわかりやすい指標ともいえるでしょう。
同じ銀行残高を見ても、「これしかない」と感じる人もいれば、「これだけある」と感じる人もいます。
実は銀行残高の話ではないのです。
支払いを「お金を失った」と捉えることもできれば、その金額と引き換えに自分が受け取ったものに感謝を向けることもできるでしょう。
意識の周波数に見合う現実が引き寄せられるとすれば、「お金がない」という意識になっているのは他でもない自分なのです。
現実を象徴するお金に対して、不安や欠乏感を持っている時、どれだけ銀行残高があったとしても、その人は「お金がない」を観測し続け、その世界線を生きることになるでしょう。
ここで重要なのは、お金は意識の周波数が現象化した一つの結果だということです。
「足りない」ものを意識すれば、キリがないことでしょう。
すでに「ある」ものに意識を向ける。
今この現実を「有難い」ものとして感謝の周波数で受け取ること。
それは、欠乏を感じながらも現実から目を背けることと対極にあることです。
私たちはお金を支払うことで、対価として商品やサービスを受け取っています。
そして自分が支払ったお金もそこで消えるのではなく、また誰かの収入となって巡っていきます。私たちは、受け取る側であると同時に与える側でもあり、最初から大きな循環の中にいます。
現実の象徴であるお金に向き合うことは、自分の意識に向き合うことでもあります。
お金について、数字にも感情にも目を背けず、すでに受け取っているものに感謝しながらお金を巡らせていく。
その意識状態が、現実のお金の流れにも表れてくるのだと思います。