天と地と
「宇宙にお任せしましょう」
「天からのメッセージを受け取りましょう」
スピリチュアルの世界では、天や宇宙という言葉が、当たり前のように使われています。
宇宙の流れ、天の導き、ハイヤーセルフ、高次の存在…呼び方はさまざまですが、どれも「目に見えない大きな働き」を指している点では共通しているように思います。
私自身も、天を意識して生活していますし、そうした見えない働きはあると捉えています。
ただ、こうした会話の時に、少しだけ氣になっていることがあります。
天や宇宙の話は熱心に語られるのに、もう一方の話が、ほとんど出てこないのです。
もう一方とは、地です。
天津神と国津神
いろんな神社に参拝するようになると、そこにお祀りされている神様──御祭神(ごさいじん)を意識するようになるかもしれません。
御祭神を調べていくと、日本の神様は大きく二つに分かれることに氣づきます。
日本の神様は、大きく天津神(あまつかみ)と国津神(くにつかみ)に分かれているのです。
天津神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に代表される、天上の世界・高天原(たかまがはら)の神々。国津神は、大国主神(おおくにぬしのかみ)に代表される、この国土に根ざした地の神々。
つまり私たちの祖先は、天だけを拝んでいたのではありません。天の神様と、地の神様、その両方を同じように敬ってきたのです。
さらに言えば、山にも川にも、田んぼの稲にも台所の火にも神が宿るという、八百万(やおよろず)の神の考え方まであります。天と地どころか、暮らしの隅々にまで神様がいらっしゃいます。
言い換えれば、目の前に見えている現実は、目に見えない神々のご加護によって支えられている──八百万の神という言葉には、そんな世界の捉え方が込められているのだと私は思います。日本人は昔から、見える世界と見えない世界を、切り離さずに生きてきたのです。
現代のスピリチュアルの世界が天ばかりを見上げがちな一方で、古来からのこの国の信仰は、天と地が揃っていました。
天とは何か。地とは何か。
今回は、天と地について、私の捉え方を書いてみたいと思います。
天──宇宙であり、見えない存在
天とは、目に見えない存在、目に見えない働きのことです。
神様、ご先祖様、ご縁、運、流れ。スピリチュアルの世界では、宇宙、高次元の存在、守護霊、ガイドといった言葉でも語られています。呼び方は何であれ、「人間を超えた視点から、目に見えない形で私たちを見守り、働きかけている存在」──まずは、そんな外側の大きな働きをイメージして頂ければと思います。
ただ、天は自分の外側だけにあるものではありません。
スピリチュアルの世界には、ハイヤーセルフ──「高次の自分自身」「魂レベルの自分」という概念があります。一人一宇宙──一人ひとりが、それぞれ一つの宇宙を生きていると考えるなら、天とは、あなたという宇宙の大元にある魂、いわば「本来のあなた自身」でもあるのです。
そして、この内なる天は、あなた一人で閉じてもいません。集合意識や超意識という言葉で語られるように、一人ひとりの意識は深いところで互いにつながり、大きな一つの意識を成している。大元の魂までさかのぼれば、私の天と、あなたの天と、あの人の天は、同じ源につながっているのです。
外側の神様やご先祖様も、内側のハイヤーセルフも、他人の内にある天も、すべては一つにつながっている。天とは、その目に見えない大きな働きの総称だと捉えて頂ければと思います。
科学で証明できるものではありませんが、「なぜかあの時、助けられた」「なぜか導かれるように、今ここにいる」──そんな、自分の力だけでは説明のつかない何かに、心当たりのある方は多いはずです。
地──地球であり、見える現実
地とは、目に見える現実のことです。
文字通り、地とは地球そのものであり、この地球の上で起こる、目に見える現実のすべてです。そして私は、すでに起こった過去の出来事──事実として確定したことも、地に含めて捉えています。未来は選べても、起こった事実を、なかったことにはできないからです。
お金、身体、仕事、家、日々の暮らし。そして何より、目の前にいる人たち。家族、パートナー、職場の仲間、いつものお店の店員さん…現実的に支えてくれている存在です。
人は、目に見える存在ですから、もちろん地です。
そして、今の地球では、お金というエネルギーが循環しています。
お金は必ず人から頂戴するものです。
あなたに給料として、お金を下さる存在である会社。
その会社を支えている、従業員、関連業者、そして何よりそのサービスにお金を支払って下さるお客様…
そのお金の流れのご縁によって私たちの生活は成り立っています。
この話でよく見落とされている点ですが、自分でお金を稼いでいない方も無縁の話ではありません。
家族やパートナー、もしくはご先祖様、近くにいらっしゃる存在があなたの生活を支えるお金をもたらしているかもしれません。
今朝の食卓に並んだご飯は、田んぼを守る人、運ぶ人、店に並べる人、料理する人──数え切れない誰かの手を経て、目の前に届いています。あなたが今いる建物も、誰かが設計し、誰かが建てたもの。蛇口をひねれば水が出て、スイッチを押せば灯りがつく。当たり前すぎて意識にすら上らない一つひとつが、すべて地の恵みです。
さらに、あなたの身体もまた、地に属しています。どれほど高尚なことを考えていても、寝不足が続けば思考は曇り、食事が乱れれば氣力は落ちる。意識と身体が切り離せない以上、身体という地を整えることを抜きにして、意識だけを高めることはできないのです。
神様は天にいらっしゃるとしても、神社も地に属するものです。
地とは、ごまかしのきかない正直な世界です。手をかければ応え、放っておけば荒れる。
どんな人の暮らしも、この地のご縁に支えられて成り立っています。
天と地のあいだにあるもの
では、天と地のあいだにあるものは何か?
天と地のあいだに広がっているもの──それは空です。
私は、この空こそが、人の心の状態(意識)だとも捉えています。
「心が晴れる」「頭にモヤがかかる」という日本語も、意識の状態を空模様で例えています。
太陽は、いつも天にあります。それなのに地上が明るい日と暗い日があるのは、あいだにある空が、晴れているか、曇っているかの違いです。
意識も同じです。空が澄んでいれば、天の見えない働きは、さえぎられることなく地の現実へ流れ込みます。不安や恐れ、不足感で曇っていれば、天は変わらずそこにあるのに、受け取れない。
空を曇らせる雲は、自我──エゴが生み出す執着だと私は捉えています。
エゴと聞くと悪者のように響きますが、そうではありません。エゴとは「自分」という輪郭であり、この地上で身体を持って生きていくために必要な、大切な働きです。危険を避けるのも、より良い暮らしを求めて頑張れるのも、エゴあってこそです。
むしろ、スピリチュアルの世界では、私たちは大元の存在から、エゴを体験するために分御霊として生まれてきた存在、ともいわれたりもします。
ただ、エゴは放っておくと、「もっと」「まだ足りない」「失いたくない」と、執着を生み出します。この執着こそが、不安や恐れ、不足感という雲になって、空を覆っていくのです。
だから、雲が湧くこと自体は、人間として自然なことですし、必要なことです。
雲が雨を降らし、地を潤します。
「雨降って、地かたまる」です。
自己を内観すると、雲として凝り固まった執着を雨として手放せます。
その雨は地である現実を豊かにするのです。
エゴの執着を手放せないと、意識の空はなかなか晴れません。
人生とは、エゴによる執着を、一つひとつ手放していく修行のようなもの──私はそう捉えています。執着を手放すたびに空は澄み、天の働きが地に届きやすくなる。空模様は毎日変わりますが、それで良いのです。
天ばかりを見上げてしまうとき
このコラムを読んでくださっている方は、見えない世界に心を惹かれる、感性の豊かな方が多いと思います。普通の人には見えない存在が見えるという方もいらっしゃるでしょう。
それは素晴らしいことです。
ただ、天という見えない存在への関心が深まるほど、足元の現実への関心が薄れてしまうこともあるでしょう。
遠くの聖地の情報には関心があるけど、家族や身近な人への「ありがとう」は、いつの間にか減っていく。
見えないメッセージは丁寧に受け取ろうとするのに、目の前の人からの言葉には上の空になっていく。
現実という地を見たくないから天を見上げる、というのでは、現実逃避になってしまいます。
もちろん、私自身も同じですし、ここに書いているのは自分自身への戒めでもあります。
ついつい、まだ見えないワクワクばかりに心奪われていたことに氣づき、足元の現実に視線を戻して見えるご縁に感謝する、その繰り返しです。
そして、天が「本来のあなた自身」でもあるのなら…あなたのより良い現実を応援してくれる天が、あなたが足元の現実──地をどう扱っているかと、無関係でいられるはずがない、と私は捉えています。
天は、地を大事にする人に応える。
目に見える現実──地が整わなければ、心は曇り、天からの応援も得にくくなってしまいます。
だからこそ、スピリチュアルの世界に関心があるのに、なぜか現実がうまくいっていないという方は、天と同じように、地にも目を向けてみると良いかもしれません。
これは私のファンタジーですが…天の声は目の前の現実を通して現れます。
現実的に人から言われた一言、現実的に起こる出来事、現実的な物事の流れ…
私は全てが天からのメッセージだと思っています。
あなたのことを本当に大事にしてくれている人は誰でしょうか?
その人の言葉こそ、天からのメッセージかもしれないのに──パートナーやご家族のような身近な存在の忠告を無視して、スピリチュアルリーダーの声にばかり耳を傾けて、大金を払う…
それで現実がうまくいかないのは、宇宙の真理かもしれないのです…
もし、この話に耳が痛かった方がいらっしゃったとしても、ご自身を責める必要は全くありません。
長い人生の中で、そのことに氣づくための必要な体験だったのでしょう。
今そのことに氣づいて整えたら良いだけです。
理想の意識状態とは
私が考える理想の意識状態は、シンプルです。
地に感謝し、空を澄ませ、天を敬う。
はじまりは、いつも地から。
現実を日々支えているのは、遠くの聖地でも、特別な誰かでもなく、いま住んでいるこの土地と、毎日顔を合わせる人たちです。まず、その足元のご縁に感謝を向け、目の前の暮らしをひとつずつ丁寧に扱う。地に足がつくと、意識という空から、不安や不足感の雲が自然と抜けていきます。そして、澄んだ空には、天の見えない働きが、さえぎられることなく流れ込んでくる。
地を整えることが、そのまま空を澄ませ、天とつながる道になっている。私はそう捉えています。
言い換えれば、地に足がついていないと、人は天につながる柱になれないのです。
天と地のあいだに立つあなたもまた、一本の柱、すなわち神です。
御神木は、しっかりと地に根を張って、空に向かって伸び、天からの恵みを受けています。
足元が浮いたままでは、天の働きは地に届かず、あなたの内にある神性──本来のあなた自身にも、つながることができないのです。
天と地と、そのあいだのあなたの空。
今日も晴れやかでありますように。
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