祝福と呪詛について|セッションの現場における言葉と意識
祝福と呪詛。
こう書くと、どちらも特別な儀式のように聞こえるかもしれません。
しかし私は、この二つを、もっと日常的な働きとして捉えています。
祝福と呪詛は、私たちが交わす日々の会話の中に、普通に存在しています。
相手の幸せや可能性を信じ、その人が本来の状態へ戻っていく未来を観測する。それが祝福です。
反対に、相手の問題や不幸を強く観測し、それを言葉によって本人の無意識へ固定していく。それが呪詛です。
もちろん、ほとんどの人は、このようなことを意識して言葉を発しているわけではありませんし、それも仕方のないことでしょう。
ただ、問題になるのは、相手を助けようとして行うヒーリングやカウンセリングで交わされる会話が、善意のまま、無自覚な呪詛へ変わることです。
言葉には、音や意味だけでなく、言葉になる前の意図や念も乗ります。
だから祝福と呪詛を分けるのは、使われた言葉の表面ではなく、それを発する人の意識状態なのです。
ヒーリングは「祝福」である
ヒーリングとは、周波数の同調によって、相手が本来の整った状態へ立ち還るのを手助けすることだと、私は考えています。
今は不安や痛み、悩みの中にいたとしても、その人は未来永劫その状態が続くわけではありません。
表面では不調が起きていても、その奥には、整おうとする生命の働きがあります。
施術者が、
「この人は大丈夫」 「この人には、本来の状態へ戻る力がある」 「この人にとって最善最良の形へ整っていく」
という意識で相手を観測し、その人が本来の状態に立ち還る力を一緒に信じる。
この観測そのものが、祝福です。
相手を一方的に変えようとするのではなく、安心と信頼の周波数に施術者が安定し、その場へクライアントが同調していく。
私は、それがヒーリングの本質だと思っています。
現場で起こりやすい問題
ヒーリングやカウンセリングの前に、悩みや現在の状態を聞くことは必要です。
リーディングによって、本人が氣づいていない無意識の情報を確認することにも意味があります。
ただし、現状を知ることと、ネガティブな原因を掘り続けることは違います。
「もっと深いブロックがあるのではないか」 「幼少期に別の深い傷があるのではないか」 「家系や過去世にも問題があるのではないか」 「何か悪いものが憑いているのではないか」
問題を探すことに意識を集中すれば、問題はいくらでも見つかります。
人は誰でも、過去の傷、不安、怒り、家族との問題、後悔などを持っています。リーディングする感覚が鋭いほど、ネガティブな情報も多く拾えるでしょう。
しかし、視えることと、それを本人に伝える必要があることは別です。
現状認識は、現在地を確認するための入口です。
そこから本来の状態へ移るために確認するのであって、問題の中に住み続けるために掘り起こすのではありません。
施術者の言葉は無意識へ入りやすい
クライアントは、悩みを抱えて施術を受けに来ています。
普段よりも心が開き、施術者の言葉を受け入れやすい状態になっていることも多いでしょう。
その時に施術者から、
「あなたには深い問題があります」 「このブロックは簡単には外れません」 「悪いものを受けています」 「まだ何度も施術を受ける必要があります」
と言われたら、クライアントはそれを自分の現実として受け入れてしまうことがあります。
すると、癒すための言葉だったはずが、
「私は深刻な問題を抱えている」 「自分だけでは整えられない」 「この施術を受け続けなければ良くならない」
という新しい情報を、無意識へ書き込むことになります。
悪意はありません。
施術者本人は、捉えた情報を正直に伝え、相手のために原因を説明したつもりかもしれません。
ただ、たとえ善意であったとしても、その言葉によってクライアントが問題の物語へ固定されるなら、結果として無自覚な呪詛になりえます。
同調は一方通行ではない
私は、ヒーリングにおける同調を、冷水と熱湯を混ぜることに近いと考えています。
冷水と熱湯を混ぜれば、冷水だけが温まるのではありません。冷水は温まり、熱湯は冷え、全体として一つの温度へ近づいていきます。
施術者とクライアントの間で起きる同調も、一方通行ではありません。
施術者が安心や感謝、信頼の周波数にいれば、クライアントはその場に同調して、緊張がゆるんでいきます。しかし同時に、施術者もクライアントの不安や痛みの影響を受けます。
ただ、冷水と熱湯は、温度だけでなく、分量によっても、混ぜた後の温度が変わります。
少量の熱湯を大量の冷水へ注いでも、全体はあまり温まりません。反対に、大量の熱湯へ少量の冷水を加えれば、冷水の方が大きく温められます。
ヒーリングも同じだと思っています。
施術者が一時的に安心や感謝を思い浮かべているだけでは、強い恐れや苦しみの中にいるクライアントと深く同調した時に、その状態を保てないことがあります。
問われるのは、施術者がどれほど高い言葉や知識を持っているかではなく、その意識状態に、どれほど深く、安定しているかです。
施術者の安心や信頼が十分に安定していれば、クライアントの方がその周波数へ大きく動いていきます。
一方で、施術者自身が仕事やお金、家族の問題、身体の疲労、自分の能力への不安などを抱え、意識状態が不安定になっていれば、クライアントの悩みの方が大きな「分量」となり、施術者がそちらへ引っ張られることもあります。
ヒーラーも一人の人間です。
意識状態が下がること自体を責める話ではありません。
ただ、自分が今どのような状態にいるのかを自覚しないまま施術を行えば、クライアントを整えるつもりが、二人で恐れや不足の周波数へ深く入ってしまうことがあります。
だからヒーリングでは、技術を使う前に施術者自身を整えることが重要になります。
施術者の意識状態は、施術と切り離せるものではありません。施術者自身が日常的にどの周波数帯にいるのか──その在り方そのものが、ヒーリングの結果を左右するといえるでしょう。
「霊障を受ける」とは
ヒーリングの世界では、施術者の側が施術後に身体が重くなったり、急に疲れたり、クライアントと似た感情や身体感覚が残った時に、「霊障を受けた」と表現することがあります。
その体験自体を、私は否定しません。
実際に施術者の状態が変わり、不調を感じているのですから、本人にとっては現実です。
ただ私は、その正体の多くを、施術者がクライアントや場の低い周波数へ深く同調し、自分本来の状態へ戻りにくくなっていることだと解釈しています。
言い換えれば、不安や恐れに深く入り込んだ、ネガティブトランスに近い状態へ、施術者自身が入っているということです。
相手の恐れや痛みへ意識を合わせれば、施術者の身体や感情にも、それに近い反応が起きる。
これは、何かを一方的に送り込まれたというより、施術者自身の意識が、その周波数帯へ移った状態です。
同調によって移ったのであれば、再び整った周波数へ同調し直すことで戻ることができます。
ところが、そこで、
「霊障を私も受けた」 「大きな霊的存在を祓った代償に自分にも憑いた」 「力が強すぎて危険なクライアントだった」
と恐れを強めると、その言葉によって自分自身をさらに低い周波数へ固定してしまいます。
霊的な存在や情報が「視える」施術者の場合、このような超常的な情報への同調も強く、「受けた」という解釈を多用しがちな傾向があるように思います。
そして、「受けた」という解釈そのものが、新しい自己暗示となり、施術者自身への呪詛になることもあるのです。
セッションの成否は周波数帯次第
霊障を受けないために、強い結界を張る、相手のエネルギーを遮断する、悪いものと戦う。
そうした方法を否定するつもりはありません。
ただ、「相手から悪いものを受けるかもしれない」という恐れを前提に防御を続ければ、施術者の意識は最初から、危険や霊障の周波数へ向いています。
何を防ぐかを強く意識するほど、それを観測し続けることにもなります。
ヒーリングの目的は、クライアントの問題と戦うことではありません。
施術者自身の安心や感謝といった高い周波数帯から、同調によってクライアントの意識状態も、その周波数帯へ引き上がっていくことです。
相手の苦しさを理解することと、その苦しみの中へ一緒に沈むことは違います。
問題を認識しながらも、施術者は問題に飲み込まれない、より高い視点に留まる必要があります。
同じ言葉でも、どの意識状態から発するかによって、相手に届くものは変わります。
優しい言葉を使っていても、施術者の内側に恐れ、焦り、支配、依存させたい思いがあれば、それは相手へ伝わります。
反対に、少し厳しい現実を伝える場合でも、その人への信頼と愛があり、本来の可能性を観測しているなら、祝福になりえます。
ヒーリングセッションの成否を決めるのは、施術者の能力の高さや、何が視えるかではありません。
施術者が、どの周波数帯から、自分と相手のどのような未来を観測しているか、という在り方です。
ヒーリングとは最善最良の未来を観測すること
量子力学には、観測されるまでは複数の可能性が重なり合い、観測によって一つの状態が現実として確定する、という考え方があります。
世界線もまた、無数の可能性としてすでに存在し、人は自分の意識の周波数に合った世界へ同調しているのだと、私は考えています。
スピリチュアルな考え方に立てば、今抱えている不安や痛みも、今世の課題であり、魂の成長に必要な体験だといえるかもしれません。
この文章を読んでくださったあなたが、たとえ今、絶望的に思える状況にいらっしゃったとしても、何かのご縁でここまで辿り着いたなら、すでに状況が良い方向へ向かう世界線へ移り始めています。
私は、この文章を読んでくださったすべての方を、同じ世界線を共有するご縁のある人として捉え、その方々を祝福する意図で書いているからです。
そして、この文章を読んでくださったという行動自体が、この文章と、それを書いている私の周波数への同調です。
ヒーリングとは、相手をゼロから別の人へ変えることではありません。
その人と時間と場を共有し、言葉を交わす中で、互いの周波数が同調し、その人の現実が最善最良に整っていくことを一緒に信じることです。
相手が本来の状態へ立ち還っていく未来を共に観測すること。それが祝福であり、祈りであり、ヒーリングなのだと、私は考えています。
著者|白川愁士(世界線調律所 所長/神社巡拝ヒーラー)
不動産投資家。お金を追い求めた末に、神社参拝が日常となり、結果的に「神社巡拝ヒーラー」となった。現在は三位一体調律(トリニティヒーリング)で心・身体・現実(お金の流れ)を整えている。宅建士・FP保有。 ▶ プロフィール