ご祈祷とは|千年唱えられてきた言霊の力
神社でご祈祷を受けたことはありますか?
ご祈祷とは、「祈願」「祈念」あるいは昇殿参拝ともいわれ、拝殿に上がって神職の方に、神さまのご加護をいただけるようにお取り継ぎをしていただく参拝です。
神職が祝詞を奏上している時、日常生活にはない、独特な空氣に包まれることでしょう。
祝詞の言葉の意味はすべて理解できないかもしれません。それでも自然と背筋が伸び、心新たに前向きな氣持ちになっていくことでしょう。
物理的には、神職が発する声が音として聞こえているだけ、とも言えるかもしれません。
それでも、その音を通して私たちの意識は変わります。
ご祈祷での祝詞奏上は、言霊の働きを表す端的な例ともいえるでしょう。
太古から続く日本語という情報
日本語の歴史は古いです。
どれくらい古いのかについては諸説ありますし、私は学者ではありませんので、ここからの話は、あくまでも私の素人見解です。
ただ、私の見解を結論からいえば、日本語の原始的な起源は少なくとも縄文の時代にまで遡ると考えています。
青森県の大平山元遺跡から出土した土器のかけらは、付着した炭化物の年代測定から、およそ一万五千年以上前のものとされています。世界でも最も古い土器の一つです。
そこから縄文時代は、一万年以上にわたって続きました。
土器を焼き、集落を営み、環状列石を築き、土偶を作って祈っていた人たちがいた。共同生活を営んでいたその人たちが、意思の疎通を目的として、声を発するという原始的な意味での言葉を持っていなかったはずはないと思います。
学術的な話としては、文字として残っていないから証拠がなく、確かめようがない、ということになっているようですが、文明がそこで続いていたのなら、会話があり、音としての日本語の源流は、その頃から存在していたと考えるほうが自然だと、素人の私には思えてならないのです。
そして、言語は人の営みという意味での文化とともに受け継がれていくものですから、その時代から全く切り離された形で日本語が突然発生したとは考えにくいのです。 『古事記』『日本書紀』で神代とされた時代は、年表に重ねれば、おおよそ縄文の時代とも解釈できます。
そして、実はまったく痕跡がないというわけでもありません。
日本各地の岩には、文字とも文様ともつかないものが刻まれています。ペトログリフと呼ばれるものです。
山口県下関市の彦島をはじめ、全国各地の岩にペトログリフが刻まれたものが報告されています。しかもその中には、神社の境内や、入ってはならないとされてきた森など、古くから守られてきた場所から見つかっているものもあります。
吉田信啓先生は、高校で英語を教えるかたわら一九七〇年代からこの研究に取り組み、日本各地のペトログリフ(ペトログラフ)を調査してきた方で、国際岩石芸術学会連合では日本代表を務められました。吉田先生は、これらが世界各地のペトログリフと共通する特徴を持つとして、縄文期の日本を文明の源流の一つと考えていました。
こうした研究は、現在の日本の考古学の中では、正面から扱われていないようですが、それでも、岩に刻まれたものは実際にそこにあります。何が刻まれ、誰が刻んだのかが、いずれは解明されるかもしれません。
5世紀の稲荷山古墳の金錯銘鉄剣には115文字の銘文があり、文化庁はこれを「現存最古の日本の文章といえる」としています。
文学作品としては、『万葉集』に収められた七世紀前半の歌まで遡ることができます。 そこから七五九年までの、およそ百三十年間、約四千五百首の歌が『万葉集』にはおさめられており、天皇や貴族だけでなく、農民や防人と呼ばれた東国から徴発された兵士たちの歌まで入っています。
千三百年前に、名前も残っていない一人の兵士が、故郷の家族を思って歌にした言葉を現代に生きる私たちが読み、心情を察することができる。千年以上の時を超えて情報を共有できるのは、日本語という共通フォーマットがあるからです。
情報としての音の力
音は物理的な空気の振動であり、周波数として捉えることができます。
音は文字以上に抽象度の高い情報です。
文字が違っても、同じ音である言葉は、同一カテゴリの情報であることが多いはずです。
たとえば「みる」という音があります。
見る、観る、視る、診る、看る。漢字はそれぞれ違い、意味も少しずつ違います。
けれども、漢字が入ってくる前の日本には、この区別がなかったかもしれません。ただ「みる」という一つの音があり、目を向けるという働き全体を、その音が引き受けていたと考えられます。
「はかる」も同じです。計る、測る、量る、図る、謀る。書き分けられていますが、もとをたどれば、見当をつけるという一つの働きに行き着きます。
つまり、音の方が抽象度の高い階層にあり、文字はその下で意味を細かく分けているのです。
音は情報を大きくまとめて運び、文字は情報を細かく限定するともいえます。
音の違いは、感覚的にも大きく影響します。
このことは、日常の言葉でも感じ取ることができます。
「ころころ」と「ごろごろ」。
濁点がついただけですが、「ごろごろ」の方が、大きく重いものを感じられるのではないでしょうか。
意味を知らなくても、音そのものから私たちは情報を受け取っています。
日本語の独特の響きは、それだけで意味を持った情報として機能しているのです。
情報としての文字の力
音だけでなく、文字も同様です。
たとえば、「母」という一文字を見て下さい。
物理的には、ただ線が集まった記号ともいえますが、普通はそんな風に捉えません。
自分の母親の顔が浮かぶ人もいれば、子どもの頃の記憶が浮かぶ人もいる。温かさを感じる人もいれば、複雑な感情が動く人もいるでしょう。
同じ一文字でも、そこから立ち上がるイメージは一人ひとり違います。
その一方で、私たちは「母」が何を意味する文字なのかを共有しています。
「母」という文字は、たった一つの文字の中に、自分だけの情報と自分が生まれるより前から多くの人に共有されてきた情報が重なり、膨大なイメージを想起させる情報であることがわかるかと思います。
私たちは、自分で日本語を作ったわけではありません。生まれる前から存在していた言葉を受け取り、その言葉を使って、自分の世界を考えています。太古の昔から使われている文字は、たった一文字であっても、とてつもない情報を含んでいるとも言えます。
そして、学術的な通説からは離れますが、日本には、漢字よりも前に使われていたとされる神代文字も伝承されています。
神代文字には、阿比留文字、豊国文字、ヲシテ文字など、いくつもの種類があり、『古事記』『日本書紀』の原書とする説もある、『ホツマツタヱ』というヲシテ文字で記された文献も存在します。
先ほどのペトログリフを研究した吉田信啓先生も、岩に刻まれたものを神代文字の原点として捉えていました。
『竹内文書』で有名な皇祖皇太神宮には、様々な神代文字も伝わっているそうです。
『竹内文書』は偽書とされていますし、これらの情報は長年にわたって、真実ではないとされているようですが、これまで正しいとされている情報だけでは辻褄の合わないことも多いように私は思います。
むしろ、現在の情報社会に生きていると、宮中や政府の公式見解といった情報が、必ずしも全ての内情を正確に伝えているわけではないことは理解できますし、それは今に始まったことではないでしょう。善悪や正誤はさておき、『古事記』や『日本書紀』のような国家の公式見解に、あらゆる情報がそのまま記されたと考えるのは無理があると、私は思います。
そうした情報の正否はさておき、太古の日本人は、一つの音、一つの文字の形の中にも宇宙や神、人間のあり方の情報を入れ、その情報を子孫である現在の私たちが受け取っていることに、ロマンと感謝を感じるのです。
祝詞に込められた情報
この文字と音に込められた情報を、「祈り」として神さまへの意思疎通を意図して練られた特別な日本語こそが、祝詞といえます。
祝詞の「のりと」の「のり」と、祈りの「いのり」の「のり」は、同じ言葉です。
「のりと」の「のり」は、「宣る」。 この言葉は呪術的な意味を持ち、「本来は、神や天皇が重大な事実を宣言する意」とされます。
祝詞についても諸説ありますが…… 一説によると、「宣り処言(のりとごと)」を省略したものが「のりと」ともいわれ、神さまのお言葉を宣り下す処という意味があるとされています。 元来は神さま側から私たちに言い聞かせる御言葉だったものが、今は私たちが神さまに奏上する言葉に変わったとも解釈できます。
また、「祈り」についても、一説には、意を宣る、意宣り(いのり)だと捉える見方があります。
祈りを、自分の意を声にして宣ることと捉えると、祝詞が神前で奏上されてきた意味も見えてきます。
祝詞は、平安時代に編纂された『延喜式』の巻八に、二十七編が収められています。今も神社で唱えられている大祓詞などの原型が、ここにあります。
大祓詞には、人の罪や穢れが祓われ、消えていくまでの流れが、一つの物語として組み込まれています。
罪や穢れは、四柱の神様の手によって運ばれていきます。
高い山から流れ落ちる速い川の瀬にいる瀬織津比売が、それを大海原へ持ち出す。
潮の流れが渦を巻くところにいる速開都比売が、それを呑み込む。
呑み込まれたのを見て、氣吹戸主が、根の国、底の国へ息吹を放つ。
そこにいる速佐須良比売が、それを持ってさすらううちに、失わせてしまう。
そういう物語です。
罪や穢れは、裁かれたり罰せられたりするのではなく、流され、呑み込まれ、吹き放たれ、さすらううちに消えていく。
罪や穢れが祓われ、消えていく一部始終を、そうなるものとして宣っています。
「祓ってください」という願いというよりも、神職の方が、自然の摂理のように、そうなるものとして宣言するという形をしているのです。
千年重ねられたご祈祷の力
苫米地英人博士は、意味や記憶、価値、関係など、物理的な形を持たない情報が存在する領域を情報空間として捉え、人間は物理空間だけではなく、情報空間まで含めた世界を生きていると説明しています。
私はこの情報空間の概念を、無意識領域まで含んだ意識の話と重ねて捉えています。
この観点から考えると、神社という場は、特別な情報が重なる空間です。
そこには、祀られている神さまがあり、神社の由緒があり、長い年月にわたって続けられてきた祭祀があります。そして、その場所で神さまへ祈りを向けてきた多くの人たちの意識という、古来から積み重ねられた情報があります。
私は、神社を「祈りのゲート」のようなものだと考えています。
神社で祈ることは、その神社に祀られている神さま、その御祭神につながる神々、そしてその先にある大きな情報空間へ意識を向けることでもあります。
そして、神様は私たちの遠いご先祖さまでもあります。
私たちは、両親、そのまた両親、さらにその奥にいる数え切れないご先祖さまから続いてきた存在であり、情報として捉えるなら、自分の奥にも、自分が生まれるより前から受け継がれてきた膨大な情報があります。
神社で祈ることは、遠いご先祖さまである神さまに意識を合わせることによって、情報空間上にあるご縁のある情報を受け取り、自分がご先祖さまから受け継いだDNA情報をはじめ、無意識領域まで整えること、とも解釈できます。
言い換えれば、この情報空間こそが、宇宙であり、神さまとも表現できるかもしれません。
ご祈祷とは、神社という場に永年積み重ねられてきた、神さまとご縁のある情報、祝詞という言霊の情報、そして神職とその場を共有する人の意識という、膨大な情報が一つに集約される儀式でもあると私は考えています。
神社の拝殿という祈りのゲートにおいて、祝詞という言霊を通じて、情報空間上に広がる神さまとご先祖さまの情報に周波数を同調させ、本来の自分に立ち還ること。
神社のご祈祷とは、そうした体験を伴った、日本に古来から伝わる究極のヒーリングといえるかもしれません。
著者|白川愁士(世界線調律所 所長/神社巡拝ヒーラー)
不動産投資家。お金を追い求めた末に、神社参拝が日常となり、結果的に「神社巡拝ヒーラー」となった。現在は三位一体調律(トリニティヒーリング)で心・身体・現実(お金の流れ)を整えている。宅建士・FP保有。 ▶ プロフィール