神社参拝とスピリチュアル

お盆とは|祝福としての先祖供養

うまくいっている人ほど、お墓参りを欠かさない。

開運の基本は先祖供養である。

スピリチュアルの世界では、昔から言われてきたことです。私自身、先祖供養から神社へ通うようになったので、これは本当だと思っています。

そして一年でいちばん、日本中が先祖供養に意識が向く時期がお盆です。

新幹線が埋まり、高速道路が渋滞し、多くの人が実家へ向かいます。お墓を掃除して、花を供えて、水をかけて、手を合わせる。

毎年当たり前のように繰り返していますが、そもそもお盆とは何の日なのでしょうか。

お盆は何の日なのか

お盆は、正式には盂蘭盆会(うらぼんえ)といいます。

もとになっているのは、お釈迦さまの弟子・目連(もくれん)さんのお話です。

目連さんが不思議な力で亡くなったお母さんの姿を見たところ、お母さんは死後の世界で飢えに苦しんでいました。どうすれば救えるのかとお釈迦さまに尋ねると、七月十五日に、修行を終えたお坊さんたちをもてなしなさいと教えられます。その通りにすると、お母さんは苦しみから救われました。

この行事が日本に伝わったのは、千三百年以上前のことです。はじめは宮中の行事で、貴族から武家へと広がり、庶民のものになったのは江戸時代でした。

ただ、お盆を仏教の行事とだけ説明すると、そうとも言い切れないようです。

日本にはもっと前から、年に二度、ご先祖さまを迎えるという考え方があったともいわれています。春の祖霊祭祀がお正月へ、秋の祖霊祭祀が、伝わってきた盂蘭盆会と重なってお盆になった。そのように説明されることがあります。

言われてみれば、お正月とお盆はよく似ています。どちらも家族が集まり、飾りつけをして、迎えるための場所を整えます。神道でも、この時期に同じようにご先祖さまをお祀りします。

迎え火と送り火、そして精霊馬

お盆は八月十三日から十六日とされることが多く、一部の地域などでは七月に行われます。明治に暦が新しくなったとき、そのまま七月にした地域と、農作業の忙しい時期を避けてひと月ずらした地域とに分かれた名残です。沖縄では今も昔の暦に合わせています。

ここで、一つ興味深いことがあります。

昔の暦では、新月に近い日を一日として月が始まり、十五日頃には満月に近い月が夜空に昇りました。三日月が三日目の月であるように、日付と月の満ち欠けが、今よりずっと近い関係にあったのです。

つまり昔のお盆は、満月に近い十五夜の頃に行われていました。

十三日の夕方に迎え火を焚きます。ご先祖さまが迷わないようにという目印で、盆提灯にも同じ役目があるといわれます。

そして十六日に送り火を焚いて、お見送りをします。京都の五山送り火や、各地で行われる灯籠流しも、ご先祖さまを送る行事です。盆踊りも、帰ってきたご先祖さまを迎えて送るための踊りだったといわれています。

この四日間に飾られるのが、精霊馬(しょうりょううま)です。

きゅうりに割り箸を刺して馬をつくり、なすに刺して牛をつくる。

きゅうりの馬は足が速い。少しでも早く帰ってきてほしいから、馬で来ていただく。なすの牛は歩みが遅い。名残惜しいから、帰りはゆっくり行っていただく。牛には、お土産を背負ってもらう意味もあるそうです。

いきみたまとは

目連さんのお話は、お母さんが苦しんでいる、というところから始まるので、供養は、苦しんでいる人を救う、慰めるという形で受け取られやすいかもしれません。

ところがお盆には、もう一つの側面が古来からあります。

生身魂、生見玉(いきみたま)といいます。

生きている親をもてなす行事です。 嫁いだ娘や家を出た子が実家へ集まり、贈り物をして長生きを祝いました。室町時代の記録にも残っていて、俳句では今も秋の季語です。

さらに、新しく亡くなった方がおらず、一族の誰も欠けずに迎えられるお盆を「吉事盆(きちじぼん)」と呼び、めでたいものとして祝う地域もありました。

そして、供養のもとになった『盂蘭盆経』にも、生きている父母が長生きをして病になりませんように、という趣旨の一節が入っています。

亡くなったお母さんを救うお話の中に、今生きている親への祝福が、最初から含まれていたわけです。

お盆は、慰める行事であると同時に、祝う行事でもありました。

夏の夜空と天の川

作家のさとうみつろうさんが、お盆と宇宙について面白い話をされています。

日本だけではなく、世界のさまざまな地域に、亡くなった人を迎えたり、死者と生者がつながる日があります。

そして地球は太陽のまわりを一年かけて回っているので、季節によって、夜に地球から宇宙を見る方向も変わります。夏の夜と冬の夜では、見上げている先が違うのです。

日本の夏の夜空では、天の川がひときわ目立ちます。

天の川は、私たちがいる銀河を、その内側から見た光の帯です。そして夏の天の川の中でも、いて座の方向には銀河の中心があります。

その中心付近にあるのが、「いて座A*」と呼ばれる巨大なブラックホールです。

ここまでは天文学の話です。

ここから先は、さとうみつろうさんが語っている宇宙観です。

みつろうさんは、銀河の中心にあるブラックホールの向こう側を「あの世」と重ねて捉えます。

そして、お盆の頃、人々が亡くなった人へ意識を向けることと、夏の夜空に銀河の中心方向が見えていることを重ねて考えています。

科学的に「あの世がブラックホールの向こう側にある」という話ではありません。

けれど、年に一度、日本中の多くの人が同じ時期にご先祖さまへ意識を向け、その夜空の先に銀河の中心がある。

そう考えると、なかなか面白い話です。

お盆が七月だとすると、昔の暦では、お盆の八日前に七夕があります。

七月七日の七夕もまた、天の川を見上げる行事です。

七夕に天の川を見上げ、その八日後にはご先祖さまを迎える。

同じ月の中に、夜空と目に見えない存在へ意識を向ける行事が並んでいることも、また興味深い話です。

遠つ御祖の神、笑み給え

日本には、「とほかみえみため」という八音の言霊が伝わっています。

遠いご先祖さま、どうか微笑んでいてください。

この先祖供養の「とほかみえみため」が最強の祝詞として伝わっています。

先祖の数は、一代さかのぼるごとに倍になります。十代で千二十四人、二十代で百万人を超え、さかのぼるほど、私たちは膨大な先祖を分け合っていることになります。

数え切れないご先祖さまがいて、その先には神話の神々がいます。日本の神々とは、私たち全員に共通する遥かなご先祖さまである、と私は捉えています。

人類は自然の一部です。自然は私たちが住む地球、地球をさかのぼれば銀河になり、宇宙になります。

最後には、「私」も「ご先祖さま」も「自然」も、宇宙という一つの流れの中に入ります。

目に見えないまま現実を動かしているものを情報空間だとすれば、その一番大きなものを、宇宙とも、神さまとも呼べるのだと思っています。

そして、その流れのいちばん端に、今の自分がいます。

遠いご先祖さまが笑っているなら、その流れの先にいる自分も笑っている。

私たちの中には、ご先祖さまから受け継いだ遺伝子情報があります。

一人のご先祖さまが欠けていたとしても、今の自分は存在していません。

そのように考えながら、意識をご先祖さまに向けたとき、ご先祖さまの情報の集合体である自分も当然喜びます。

ご先祖さまへの祈りは、外へ向けた祈りのようでいて、そのまま自分に返ってくるのです。

祝福としての先祖供養

お盆には、亡くなったご先祖さまを迎えるだけでなく、生きている人の長寿や、一族が揃っていることを祝う側面もあります。

子どもや孫、親戚が集まり、同じ時間を過ごし、ご先祖さまや亡くなった方へ意識を向ける。

私は、その時間そのものが先祖供養なのだと思います。

ご先祖さまから続いてきた命を受け継ぐ人たちが集まり、その源へ感謝を向ける。

それは、過去だけではなく、今ここで共に生きている現実への肯定であり、祝福です。

もちろん、今年はじめてのお盆を迎える方がいらっしゃれば、無理に明るくお迎えする必要はありません。

悲しみは、それだけ深くつながっていた証です。

悲しいときは、悲しいまま手を合わせればいい。

そして時間をかけて、その方があるべきところへ還り、穏やかに過ごしている姿を、静かに思い浮かべられるようになればよいのだと思います。

亡くなった方を思い、生きている人たちが集まり、同じ時間を共有する。

お盆とは、自分の命のつながりを思い出す期間なのだと思います。


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著者|白川愁士(世界線調律所 所長/神社巡拝ヒーラー)

不動産投資家。お金を追い求めた末に、神社参拝が日常となり、結果的に「神社巡拝ヒーラー」となった。現在は三位一体調律(トリニティヒーリング)で心・身体・現実(お金の流れ)を整えている。宅建士・FP保有。 ▶ プロフィール